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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
488/783

第一二二回 ④

花貌豹軽騎を(もっ)て野戦にタクネイを破り

胆斗公献策に()って天牢にミマンを討つ

 次々ともたらされる報告をもとに敵情を分析したトオリルは呵々大笑して、


(ブルガ)は我が後方に出んとしているようです。野鼠(クルガナ)の発想ですな、ははは」


 ナハンコルジが(フムスグ)(ひそ)めて、


「しかし放ってはおけまい。どうするのだ」


 笑い収めて、


「まあ、そうですな。鬱陶しい鼠を駆逐せねばなりません」


 そして諸将に何ごとか告げれば、みなおおいに喜ぶ。癲叫子ドクトなどは、


「おお、まさしく鼠狩りだ、鼠狩りだ!」


 興奮して連呼する。


 ナオルは献策に(したが)って兵を二千騎ずつ四手に分けた。すなわち(ネグ)の軍はナオルとナハンコルジが、(ホイル)の軍はドクトとオノチが、(ゴルバン)の軍はカトラとタミチが、(ドルベン)の軍はトオリルとソラがそれぞれ率いた。


 その間にも続々と報告が入る。トオリルは大きく頷いて、


敵人(ダイスンクン)予測(ヂョン)のとおりに進んでおります。我々も出立いたしましょう」


 諸将は大喜びで発つ。


 そんなことがあったとは露知らずミマンは軍を進めた。視界の広い平原(タル・ノタグ)を迂回し、敵影を見れば徹底して避けた。行くこと数日、ついにスドゥチレ峠に至る。幕僚を顧みて言うには、


「ここを越えれば一日でウリャンハタの牧地(ヌントゥグ)だ。留守地(アウルグ)を襲って彼奴らの心胆を寒からしめてやろうぞ」


 そこへ一騎の斥候(カラウル)が馳せ戻って告げて言うには、


「この先を敵の一隊が(ふさ)いでおります!」


「何だと、(ウネン)か。その数は?」


「およそ二千ほどかと……」


 厳しい(ヌル)で黙り込んだミマンに、一人が恐る恐る尋ねて、


「いかがなされます?」


「数里ほど戻ろう。(ヂェウン)に行く(モル)があったはずだ」


 引き返していくと、また斥候が来て、


「左手にも敵軍が営しています」


 ミマンは少しく不安になってきたが、悟られまいと(ダウン)を大きくして、


「ならば別の道を行けばいい」


 自ら先頭に立って馬首を転じる。うねうねと細い道を行くと、(にわ)かに視界が開けた。丘陵(ウンドゥル)に囲まれて、数里四方の平地が広がっている。ちょうどその中央(オルゴル)に小さな(テンギス)があったので、


「ここで一旦、休憩としよう」


 兵衆はおおいに喜ぶ。湖の周囲に(たむろ)して(アクタ)(オス)をやり、思い思いに身体(ビイ)を休める。ミマンも馬を下りて水を飲んだ。しばらくして十分に休んだので、出立を命じようとしたそのときであった。突如、割れんばかりの金鼓が轟きわたった。


「な、何ごとだ!」


 ミマンが一瞬に蒼白になって叫べば、応じたかのごとく四囲の丘に一斉に旌旗(トグ)が現れる。呆然として言うべき言葉(ウゲ)も知らないでいると、あわてて目の前に転がり来た兵が、彼方を指して(もつ)れる(ヘル)で言うには、


「敵が、敵が、敵です! 我らの来た道が敵兵に固められています」


「な、何だと……。ほ、ほかに出口は……」


「ありません!」


「謀られたか!」


 再び金鼓が轟き、四方から一度に軍勢群がり起こる。ミマンの兵衆は瞬時(トゥルバス)に恐慌に(おちい)る。口々に(わめ)きつつ、何をすればよいのかわからぬ様子。そこへどっと攻め寄せられれば抵抗する術もない。


 無論、四手の兵を率いるはジョルチの八人の好漢(エレ)。トオリルの指示に(したが)ってミマン軍を巧みに追い込んだのである。


 周囲は丘陵、唯一(ガグチャ)の出口はナオルが堅陣をもって完全(ブドゥン)(ふさ)いでいる。湖を背にしたミマンの兵衆は、あるいは殺され、あるいは溺れ、あるいは降った。


 隼将軍(ナチン)カトラは、得物を縦横に振るいつつおおいに忿(いか)って、


「何だ、こいつら。話にならぬ! 羊の糞(コルガスン)でも斬っている気分だ」


 それは好漢たちの等しく感じたところ。戦闘(カドクルドゥアン)と呼ぶにはあまりに一方的な(ソオル)で、一刻も経たずして終わる。ミマン軍の大半は降伏して、当のミマン自身は逃げようと右往左往した末に湖に落ちて溺れ死んだ。


 ナオルは諸将を(よみ)して、カントゥカに戦勝を報告するべく早馬(グユクチ)を送った。そして再び兵を(まと)めて(ホイン)へ向かう。


 インガル氏の三傑(ゴルバン・クルゥド)は、まずタクネイが敗れ、次いでハヤクムが討たれ、今またミマンが敵と得物を合わせることもなく死んでしまった。


 これはいずれも己の(アルガ)を誇り、ともに(クチ)を併せることを(こば)んだばかりに天下の笑いものとなったのである。


 これをもってこれを()れば、まさに事に当たっては人の(エイエ)に勝るものはなく、一人の才の小なるはさながら塵芥のごとく、しかもその才においてすら劣る(ドロムヂン)というに及んでは、評言を付する価値すらない。


 かかる凡将をして名将の名をほしいままにせしめていたクル・ジョルチ部の堕落ぶりは覆うべくもない。


 とはいえクル・ジョルチはもとより兵衆数万を持する大族、中にただ一個の英傑(クルゥド)もないとは、どうして断ずることができようか。果たして次にウリャンハタの好漢を迎え撃つのはいかなるものか。それは次回で。

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