第一二二回 ④
花貌豹軽騎を以て野戦にタクネイを破り
胆斗公献策に由って天牢にミマンを討つ
次々ともたらされる報告をもとに敵情を分析したトオリルは呵々大笑して、
「敵は我が後方に出んとしているようです。野鼠の発想ですな、ははは」
ナハンコルジが眉を顰めて、
「しかし放ってはおけまい。どうするのだ」
笑い収めて、
「まあ、そうですな。鬱陶しい鼠を駆逐せねばなりません」
そして諸将に何ごとか告げれば、みなおおいに喜ぶ。癲叫子ドクトなどは、
「おお、まさしく鼠狩りだ、鼠狩りだ!」
興奮して連呼する。
ナオルは献策に順って兵を二千騎ずつ四手に分けた。すなわち一の軍はナオルとナハンコルジが、二の軍はドクトとオノチが、三の軍はカトラとタミチが、四の軍はトオリルとソラがそれぞれ率いた。
その間にも続々と報告が入る。トオリルは大きく頷いて、
「敵人は予測のとおりに進んでおります。我々も出立いたしましょう」
諸将は大喜びで発つ。
そんなことがあったとは露知らずミマンは軍を進めた。視界の広い平原を迂回し、敵影を見れば徹底して避けた。行くこと数日、ついにスドゥチレ峠に至る。幕僚を顧みて言うには、
「ここを越えれば一日でウリャンハタの牧地だ。留守地を襲って彼奴らの心胆を寒からしめてやろうぞ」
そこへ一騎の斥候が馳せ戻って告げて言うには、
「この先を敵の一隊が塞いでおります!」
「何だと、真か。その数は?」
「およそ二千ほどかと……」
厳しい顔で黙り込んだミマンに、一人が恐る恐る尋ねて、
「いかがなされます?」
「数里ほど戻ろう。左に行く道があったはずだ」
引き返していくと、また斥候が来て、
「左手にも敵軍が営しています」
ミマンは少しく不安になってきたが、悟られまいと声を大きくして、
「ならば別の道を行けばいい」
自ら先頭に立って馬首を転じる。うねうねと細い道を行くと、卒かに視界が開けた。丘陵に囲まれて、数里四方の平地が広がっている。ちょうどその中央に小さな湖があったので、
「ここで一旦、休憩としよう」
兵衆はおおいに喜ぶ。湖の周囲に屯して馬に水をやり、思い思いに身体を休める。ミマンも馬を下りて水を飲んだ。しばらくして十分に休んだので、出立を命じようとしたそのときであった。突如、割れんばかりの金鼓が轟きわたった。
「な、何ごとだ!」
ミマンが一瞬に蒼白になって叫べば、応じたかのごとく四囲の丘に一斉に旌旗が現れる。呆然として言うべき言葉も知らないでいると、あわてて目の前に転がり来た兵が、彼方を指して縺れる舌で言うには、
「敵が、敵が、敵です! 我らの来た道が敵兵に固められています」
「な、何だと……。ほ、ほかに出口は……」
「ありません!」
「謀られたか!」
再び金鼓が轟き、四方から一度に軍勢群がり起こる。ミマンの兵衆は瞬時に恐慌に陥る。口々に喚きつつ、何をすればよいのかわからぬ様子。そこへどっと攻め寄せられれば抵抗する術もない。
無論、四手の兵を率いるはジョルチの八人の好漢。トオリルの指示に順ってミマン軍を巧みに追い込んだのである。
周囲は丘陵、唯一の出口はナオルが堅陣をもって完全に塞いでいる。湖を背にしたミマンの兵衆は、あるいは殺され、あるいは溺れ、あるいは降った。
隼将軍カトラは、得物を縦横に振るいつつおおいに忿って、
「何だ、こいつら。話にならぬ! 羊の糞でも斬っている気分だ」
それは好漢たちの等しく感じたところ。戦闘と呼ぶにはあまりに一方的な戦で、一刻も経たずして終わる。ミマン軍の大半は降伏して、当のミマン自身は逃げようと右往左往した末に湖に落ちて溺れ死んだ。
ナオルは諸将を嘉して、カントゥカに戦勝を報告するべく早馬を送った。そして再び兵を纏めて北へ向かう。
インガル氏の三傑は、まずタクネイが敗れ、次いでハヤクムが討たれ、今またミマンが敵と得物を合わせることもなく死んでしまった。
これはいずれも己の才を誇り、ともに力を併せることを拒んだばかりに天下の笑いものとなったのである。
これをもってこれを覩れば、まさに事に当たっては人の和に勝るものはなく、一人の才の小なるはさながら塵芥のごとく、しかもその才においてすら劣るというに及んでは、評言を付する価値すらない。
かかる凡将をして名将の名をほしいままにせしめていたクル・ジョルチ部の堕落ぶりは覆うべくもない。
とはいえクル・ジョルチはもとより兵衆数万を持する大族、中にただ一個の英傑もないとは、どうして断ずることができようか。果たして次にウリャンハタの好漢を迎え撃つのはいかなるものか。それは次回で。