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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
487/785

第一二二回 ③

花貌豹軽騎を(もっ)て野戦にタクネイを破り

胆斗公献策に()って天牢にミマンを討つ

 ハヤクムは行軍中、兵を遊ばせておく代わりに斥候(カラウルスン)だけは遠方まで出していた。その斥候から報告が入って、


「西南方、数十里に敵騎発見! 八千騎ほどかと思われます」


「八千だと? (トグ)は何だ」


 斥候はもはや震え上がって言うには、


「き、麒麟児の兵かと……。ウリャンハタの先鋒(アルギンチ)に違いありません」


 ううむと唸って、


「かの鋭鋒には当たるべくもない。よし、(モル)()えてやり過ごそう」


 幕僚たちは驚いて、


「よ、よろしいのですか!?」


 問えば、にやりと笑って、


「正面からぶつかっても無益だ。兵法にも『その実を避けて虚を撃つ』とある。ここは道を譲って密かにあとを追うのだ。慢心したとところを後背より襲えば、いかな麒麟児とて逃れえまい」


 みなおおいに感心して、さすがは三傑(ゴルバン・クルゥド)などと(たた)えながら撤収の準備にかかる。ハヤクムは独り悠然と呟いて、


「ふふふ、(ソオル)を知らぬ小僧(ニルカ)どもに、用兵の何たるかを教えてやろうぞ」


 だがその考えが甘かったことをまもなく知ることになる。そもそも彼はウリャンハタの哨戒能力を理解していなかった。またネサク軍の迅速(クルドゥン)をも軽く見ていたのである。


 これが通過するのは明日の午後のことだろうと予測(ヂョン)していたので、移動の準備もどこか緩慢であった。もちろんすぐに動こうにも、例のごとく統制が不十分だったので不可能だったのではあるが。


 そのころシン・セクのほうは、タケチャクの報告によって敵軍(ブルガ)の所在を完全(ブドゥン)(つか)んでいた。


「三千? 放っておいてもよいが……」


 するとタクカが諫めて言うには、


「我らは敵地深く進攻する。後方を攪乱(かくらん)されてはかなわぬ」


 なるほどと頷いて、


よし(ヂェー)、撃とう」


 決断するや、全軍に命じてぐっと速度を上げる。そもそも兵の移動は行軍時と戦時では格段の違いがあるもの。西原一と(うた)われた快足をいかんなく発揮する。


 夕刻(ヂルダ)、ハヤクムの兵衆はおもむろに動きはじめようとしたところでネサク軍を見ることになった。敵騎現るの報にハヤクムは驚愕して、


「迅い……」


 あわてて陣形(バイダル)()えようと試みたが、まるで間に合わずに突っ込まれる。当然、為す術もなく崩される。


 ネサク軍の先駆け(ウトゥラヂュ)は、主将シン・セク自身が務める。左右を固めるのはカムカ・チノとタケチャク。怒涛のごとく敵軍を呑み込む。


「おお、我が兵が、我が兵が……」


 ハヤクムは真っ青になって、屍の山(ウクレン・アウラ)が築かれるのを眺めるばかり。幕僚が悲鳴混じりに、


「て、撤退の(カラ)を……!」


 頷こうとしたところに、カムカが(ヂダ)を掲げて攻め込んでくる。中軍(ゴル)も散々に破られて、金鼓を鳴らさせる暇もない。あわてて馬首を(めぐ)らしたが、カムカは早くも気づいて大音声に言うには、


「そこに在るは大将と見た。ものども、逃がすな(ブー・チウデウルス)!」


 兵衆は喊声を挙げて一斉に打ちかかる。瞬く間(トゥルバス)に数を減じて、ハヤクム単騎となった。生きた心地もせず鞍上に身を伏せて駆けたが、みるみる追いつかれる。


「見苦しいぞ、得物を()って死闘せん(ウクルドゥイエー)!」


 カムカが叫んだが、(チフ)にも入らぬ様子。かっとして(ニドゥ)を見開くと、さらに馬腹を蹴ってこれに迫る。


「死ねっ!」


 高々(ホライタラ)と得物を掲げて一閃、ハヤクムの(ノロウ)に叩きつける。


「ぐわっ!」


 三傑と称えられた良将も、真の良将に出遭っては不運と云うよりない。一矢すら報いることなく草原の露(ケエリイン・シウデル)と化したのであった。


 残兵を適当に追い散らすと、(ナラン)が落ちたので夜営することにした。続く勝利に八千騎はおおいに沸いたが、この話はここまでにする。




 三傑のもう一人、ミマンはといえば思うに、


「敵は総じて数万の大軍。たかが三千騎では抗しえぬ」


 そこで最初から衝突を避けて迂回することにした。さらに幕僚に言うには、


「長躯してウリャンハタの版図(ネウリド)を侵そう。ひと暴れして見せれば、退却せざるをえないだろう」


 幕僚どもは、さすがは三傑一の知略を誇るミマン様と口を極めて褒め(たた)える。気を好くしたミマンは、すでに計略が成ったような気になって会心の笑みを浮かべる。大量の斥候を放って慎重に敵を避けつつ移動を開始する。


 運好く幾日かは無事に進んだが、彼もいささか敵を甘く見すぎたようである。三千もの騎兵が動けば、ウリャンハタの哨戒網に(かか)らないわけがない。


 まずミマンが放った斥候隊が発見された。見つけたのは援軍たるジョルチの斥候。しかも一度ならず幾度も出合うので、トオリルが進言して言うには、


「近くに敵軍が潜んでいるに相違ありません。こちらも斥候を増やしてこれを捕捉せねばなりません」


 そこで赫彗星ソラに命じて周辺を広く探索させる。

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