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草原演義  作者: 秋田大介
巻九
486/783

第一二二回 ②

花貌豹軽騎を(もっ)て野戦にタクネイを破り

胆斗公献策に()って天牢にミマンを討つ

 傍ら(デルゲ)にあるナユテは不安げな面持ちで、


「まだ北伐は始まったばかりだぞ。ここで力戦して兵を消耗するわけにはいかないのではないか」


 問えば、顧みて言うには、


「それを恐れては(ソオル)にならぬ。先の南征が失敗に終わったのも、力戦を避けて謀計を(たの)みすぎたからだと私は思う」


 これにはひと言も返せない。サチはそれを見て呵々大笑すると、


「だが無策にぶつかるばかりでは、能がないのもたしかだ」


 自ら(ヂダ)()ると、麾下の五百騎に命じて言うには、


「ついてこい!」


 ナユテにあとを託してさっと駆けだす。五百騎は自陣を斜めに駆け抜けると、瞬く間(トゥルバス)(ブルガ)の側背へ回り込む。


「さあ、続け!」


 朱塗りの槍を高々(ホライタラ)と掲げて馬腹を蹴れば、五百騎は(きり)のごとく突入する。ただでさえ陣形(バイダル)を乱していたタクネイ軍が、この一撃に耐えうるわけもない。袍衣(デール)の糸を抜くがごとく四分五裂となる。


 ナユテが(チャク)(とら)えておおいに金鼓を打ち鳴らす。応じてわっと攻めかかれば、もはやタクネイの制止も振りきって兵衆は一斉に逃走(オロア)する。これを散々に追い散らし、およそ十数里も追って(ようや)く兵を収めた。ナユテはサチを(たた)えて言うには、


「見事だ。ただ一手で勝利を得た」


 これに短く応えて、


「常道に過ぎぬ」


 ともかく、この勝利に士気は高まってテンゲリを衝かんばかりになったので、さらに北進することにした。


 一方、敗れたタクネイは僚軍を(たの)むわけにもいかず、というのは彼自身がその恥辱に堪えがたかったからだが、敗残の兵二百騎ほどを連れて駆け続けた。


 幸運にも例の靖難救国社追討のために送られてきたゴコク氏のムラマン、イズムの兵と合流(ベルチル)することができた。事情(アブリ)を話して援助(トゥサ)を請えば、イズムが言うには、


「我らの任務(アルバ)は叛賊の覆滅である。もしそれを()えるならば、上卿会議に早馬(グユクチ)を送らねばなるまい」


 タクネイはたちまち激昂(デクデグセン)して、


「敵は眼前に迫っているのだぞ! そんな迂遠なことをしている暇はないわ。それにお主の(たの)む上卿どもは、とうに西遷して去ったぞ」


 これを聞いて二将はおおいに驚く。タクネイがアイルの実情を説き聞かせれば、テンゲリを仰いで言うべき言葉(ウゲ)も知らない有様。やっとイズムが言うには、


「では我々はどうすればよかろう?」


 タクネイは苛立って、


「先から言っておろう。これ以上、小僧(ニルカ)どもの跳梁を許してはならぬ」


 するとムラマンがのんびりした口調で、


「のう、三傑(ゴルバン・クルゥド)の余の二人は何をしておるのかのう」


「何っ!?」


 かっとするタクネイにかまわず、


「そうではないか。聞けば小僧どもの士気は高く、兵は(おお)い。ハヤクムらと兵を併せて当たったほうが賢い」


「あんな奴ら、(たの)みにならぬ。それに敵はすぐそこ。待っている暇などないわ!」


「ふうむ、難儀じゃのう。ならばイズムよ、斥候(カラウルスン)を放って三傑の一を破ったという小娘(オキン)の軍を探ってみようか」


 タクネイは瞋恚(しんい)を含んだ(ニドゥ)でこれを睨みつける。あわててイズムが間に入って事なきを得たが、くどくどしい話は抜きにする。




 そのころ、ハヤクム軍は一見漫然とした様子で南下していた。隊伍(ヂェルゲ)は整わず、兵卒は自由(ダルカラン)に振る舞っている。これは決して士気が低いためではない。彼の軍の特色である。


 ハヤクムはいざ(ウルドゥ)を交えるときを除いては、兵卒に厳しい規律(ハウリ)を求めていない。兵法に謂う「卒を視ること愛子のごとし」の句そのままに、よほどのことでもないかぎりこれを罰したりもしない。


 代わりに兵衆は日ごろの恩沢に応えて、いざ戦ともなれば我先に飛び出して勇猛果敢に戦う。常々彼の兵はタクネイ麾下の兵に同情して、


「あれでは敵に殺される前に将軍に殺されてしまう」


 と嘆じていた。ハヤクムも(フムスグ)(しか)めて、


「あんなに兵を(いた)めつけていては、疲れきって戦の用には立つまい。それに士卒に恨まれているようでは話にならぬ。いずれ配下の手にかかって(アミン)を落とすだろう」


 対してタクネイの反論はと云えば、


道理(ヨス)を知らぬ小人(カラチュス)をあのように甘やかしては精強な軍は作れぬ。奇襲でも受ければ瞬時(トゥルバス)に崩壊するだろう。ハヤクムは軍制というものをまるで解っていない」


 余談はさておき、ハヤクムはいまだタクネイ軍が壊滅したことを知らない。またミマン軍の動向にも関心がない。ただ己があるばかりである。

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