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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
478/783

第一二〇回 ②

四頭豹トオレベを弑逆(しいぎゃく)して幼主を奉じ

超世傑クリルタイに登極して人衆を(やす)んず

 オンヌクドの語りたる言葉(ウグレグセン・ウゲ)を聞いたインジャは、テンゲリを仰いで慨嘆して、


「恐るべきかな、四頭豹。(にわ)かに現れてより僅か数年にして、かくのごとき大事を成したるか」


 そもそも四頭豹ドルベン・トルゲの名が知られたのはインジャの即位前年、小ジョンシの謀臣としてジョルチの部族(ヤスタン)統一を妨害したことに始まる(注1)。


 メルヒル・ブカにインジャたちを火攻し、タムヤではその矢でもってあわやインジャの(アミン)を奪わんとした。


 その後、いつの間にかヤクマンで地歩を築き、ついにここまで昇りつめたのである。乱世の奸雄と云うべきか、この男がなければ草原(ミノウル)の歴史は大きく変わっていたに違いない。


 感慨に(ふけ)るインジャの様子にオンヌクドは焦りを覚えて、


「急ぎ諸将を召集して対応を!」


 詰め寄れば、インジャは我に返って直ちに勅命(ヂャルリク)を下す。


 オルドに参集した好漢(エレ)は十四人、すなわち胆斗公(スルステイ)ナオル、獅子(アルスラン)ギィ、超世傑ムジカ、百策花セイネン、蓋天才ゴロ、鉄鞭(テムル・タショウル)アネク・ハトン、百万元帥トオリル、紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカ、碧水将軍(フフ・オス)オラル、神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノ、長韁縄(デロア・オルトゥ)サイドゥ、飛生鼠ジュゾウ、赫彗星ソラ、奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドの面々。


 彼らはジャンクイ即位を知ると(コセル)を踏み鳴らし、(オモリウド)を叩いて憤激した。この機に再び兵を興して四頭豹と梁公主を討伐せんとの意見も挙がったが、サイドゥが何とか静める。


 トオリルが躊躇(ためら)いながら言うには、


「むしろこの隙に我々は人衆(ウルス)を休ませるべきでしょう」


 みな不承不承ながら同意する。現状では出師(すいし)など不可能だったからである。


 が、草原(ミノウル)慣習(デグ・ヨス)(ヂャサ)を揺るがせにしないためにも、ジャンクイの即位を認めないという意思を何か表明したほうがよいというゴロ・セチェンの意見は、満場から同意を得た。


 だがその方法については、これといった良案もなかったので一向に(まと)まらない。次第に議論に()んできたころ、もとより会議(クラル)の類を嫌うアステルノが苛立って言い放った。何と言ったかと云えば、


「ならばジャンクイなど無視して、我らは我らのハーンを選べばよいではないか。幸いこちらににはセント、ジョナン、ガダラン、イレキ、ジョシの五氏族(タブン・オノル)があるのだ。ジャンクイなど知ったことか!」


 座は一瞬しんと静まりかえったが、インジャが(ニドゥ)を輝かせて、


「それだ!」


 叫べば、一同感心して一挙に衆議は決する。ヤクマンの好漢たちにだれを推薦するのかと問えば、キレカが躊躇せずに答えて、


「超世傑のほかにないだろう」


 オラルやソラも喜んで頷く。あわてたのは当のムジカである。わっと叫んで両手を振り回すと、


「私はそんな大任、務まらぬぞ! 再考してくれ!」


 そう言って四方に抗議したが、みな笑って聞こうとしない。ギィが(ムル)を叩いて、


「ここに至ったからには退くことはできぬぞ。ハーンの麾下にあるすべてのヤクマンの人衆は喜んで君を選挙するだろう」


 居並ぶ好漢たちは力強く頷く。ムジカは呆然として言うべき言葉(ウゲ)も知らない有様。それを放っておいて、クリルタイの開催などについて話し合う。大綱が定まると、わっと歓声が挙がって酒類(ボロ・ダラスン)が運ばれたが、くどくどしい話は抜きにする。


 さて西原にはジュゾウが事の次第を告げるべく赴いた。カントゥカはおおいに喜んで、カンの代理として奇人チルゲイと神道子ナユテを差遣した。


 吉日が選ばれ、アラクチワド・トグムにヤクマン五氏の人衆が集った。インジャをはじめとするジョルチの好漢、ギィらマシゲルの好漢、さらにタムヤからタロトの好漢が至り、ウリャンハタの使者二人の姿(カラア)ももちろんある。


 祭壇(シトゥエン)が築かれ、まずキレカがテンゲリに捧げる誓文を読み上げる。非道の(エルキム)トオレベ・ウルチを弾劾し、かつ奸賊四頭豹の非を鳴らし、人衆の苦難(ガスラン)を嘆き、幼主ジャンクイ即位の是非を問う。


 滔々(とうとう)と弁ずること(オス)の流れるがごとく、その清澄(トンガラグ)(ダウン)は集いしものの胸を打って()まぬ。最後に衆庶の望む真のハーンを選出するべくクリルタイを開催することの許しを請い、叩頭跪拝して締め(くく)る。


 次にジョルチン・ハーンが立会人として壇上に立ち、やはり英王、四頭豹、ジャンクイを弾劾して、このクリルタイこそが正統であることを宣言した。


 いよいよハーンの選出である。長老(モル・ベキ)、重臣らが中央(オルゴル)に車座になる。そこにジョナン氏族長(ノヤン)、超世傑ムジカが呼ばれる。


 ムジカはずっと周囲のものに、「とんでもないことになった、どうしよう」などと頼りないことばかり言っていたので、打虎娘タゴサや皁矮虎(そうわいこ)マクベンなどははらはらして見守る。


 ところが眼前に在るムジカを見れば、さすがは超世傑と群衆(バルアナチャ)から嘆声が漏れるほどの英傑(クルゥド)ぶり。所作は惑うことなく悠々然として大人の風あり、堂々然として武人の威あり、余裕綽々で歩を進める。


 それだけで誰もがこれを戴くことをおおいに喜んだ。あとはお決まりの儀式に過ぎない。インジャは感嘆を禁じえず、ナオルやセイネンに幾度も言うには、


「まさに英傑とはムジカのようなものを指すに違いない」

(注1)【小ジョンシの謀臣として……】ドルベン・トルゲの登場については、第四 九回①参照。

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