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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
477/783

第一二〇回 ①

四頭豹トオレベを弑逆(しいぎゃく)して幼主を奉じ

超世傑クリルタイに登極して人衆を(やす)んず

 (ヂル)が明けてより、シャジの死去、サノウの下野と(セトゲル)を痛めることが次々と起こった。インジャらはおおいに嘆き、落胆すること(はなは)だしかった。そんなある(ウドゥル)、西原から一騎の早馬(グユクチ)が到着した。見れば矮狻猊(わいさんげい)タケチャクであった。言うには、


「我が大カンは無事にクル・ジョルチの侵攻を退けました」


 インジャは愁眉を開いて祝福(ウチウリ)すると、歓待の宴を催した。タケチャクが衛天王カントゥカの言葉(ウゲ)を伝えて、南征の中途で離脱(アンギダ)してしまったことを謝罪すれば、


いや(ブルウ)、それは四頭豹の奸計なれば衛天王に非はない。利あらずして撤兵のやむなきに至ったが、いずれ必ず再征するつもりだ」


 すると神妙な顔つきで、


「そのときは我らウリャンハタをお見捨てなきよう。君臣一同、臓腑が煮え(たぎ)らんばかりに四頭豹を憎んでおります」


「おお、衛天王は私の最も(たの)むべき盟友(アンダ)。その(クチ)なくして南征の成功を論ずることなどできぬ」


 拝謝して言うには、


「近く北伐を予定しております。二度と後背を侵されることのないよう、卑劣なクル・ジョルチを完膚なきまでに叩き潰すつもりです」


 インジャはおおいに驚き、その成功を祈った。また必ず援軍(トゥサ)を差し向けることを約した。その瞬間、思わず周囲に獬豸(かいち)軍師サノウの姿(カラア)(もと)めて、はっとして(ニドゥ)を伏せる。目敏(めざと)くそれを察したタケチャクは、


「どうかされましたか?」


 尋ねれば、インジャは答えて内実(アブリ)を語る。タケチャクは言うべき言葉も知らず、身を縮めて(アマン)の中で何ごとか呟く。


「というわけで、もし西原で軍師を見かけたら密かに知らせてくれるよう」


(オロ)に留めておきましょう」


 タケチャクは一夜の歓待を受けて翌日には帰途に就いたが、インジャは怏々(おうおう)として楽しまなかった。何か懸案があるたびに、知らずサノウの姿を(もと)めてしまうのはいかんともしがたい。




 しばらくしてジョナン氏のアイルから奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドがやってきた。かなりあわてた様子で、衛兵(ケプテウル)を押し退()けるようにして入ってくるなり、


「ハーン、一大事にございます! 南原の情勢、急を告げております」


「どうしたというのだ。わかるように話せ」


はっ(ヂェー)


 平伏して呼吸(アミ)調(ととの)えると、ついに言うには、


「四頭豹ドルベン・トルゲが、英王を、トオレベ・ウルチを弑逆(しいぎゃく)しました!」


「何っ!?」


 思わず立ち上がると、目瞬き(ヒルメス)も忘れてオンヌクドを正視する。応じてさらに詳しく語ったところによれば、四頭豹はジョルチ軍を破ったあと、すぐに軍を返さずクフ平原に営した。


 そこでまず侍衛軍(トゥルガグ)の帥将コルスムスの兵権を奪う。次いで亜喪神ムカリを先駆け(ウトゥラヂュ)にオルドを急襲したのである。


 もとよりオルドには内府軍を統べるチンラウトがあったが、彼は梁公主とジャンクイ・ホンタイジを確保するや、財宝(エド)を奪って四頭豹に投じた。よって英王の周囲には一部の侍者(オチル)女官(チェルビ・オキン)を除けば、ほとんど人なき有様であった。


 ムカリが踏み込んだとき、英王は高き座(オンドゥル)にあって、ただジャンクイの姿を(もと)めて途方に暮れていたという。いよいよ兵刃の至らんとする間際になっても事の次第を把握している風ではなかった。


 かくして一世の梟雄はあっさりと(アミン)を奪われた。ハーンとして人衆(ウルス)を統べること四十年余であった。


 オルドは四頭豹と梁公主の(ガル)に落ちた。ジャンクイが丁重に高き座に導かれて群臣の跪拝を受けた。と云っても、二歳を僅かに過ぎたばかりの幼児(チャガ)である。これが出陣の前から周到に計画されたものであったことは言うまでもない。


 チンラウト、スーホ、ウルイシュなど、英王に仕えて権勢を振るった輩も、すでにハーンを見放しており、これを助けようというものはなかった。独り長く禁軍を率いていたコルスムスだけが、ほどなくして誅戮された。


 年が明けると、四頭豹はその圧倒的な兵力を背景にして諸氏の長老(モル・ベキ)を召喚、クリルタイを開催した。そこでジャンクイの即位を半ば強要して、ついにこれをハーンとしたのである。


 理由を設けてクリルタイに参加しなかったものもあったが、すぐに容赦なく兵が向けられ、あるいは刺客(アラクチ)が送られた。


 四頭豹自身は、丞相(チンサン)からさらに位を進めて相国(サンクオ)となり、新たなハーンの「亜父(あほ)(父に次ぐ人の意)」として、今まで以上の権力が集中した。


 かつての七卿の権能はますます削られたが、異を唱えるものはなかった。これらを命ずる詔勅(ヂャルリク)は、もちろん四頭豹自らの手に成ったものである。


 また中華(キタド)の梁帝に使節を送って、ハーンの交代を知らせた。梁帝章宗はヤクマン部の内情(アブリ)を知るわけもなかったから、何も疑わずそのままジャンクイに英王を継がせた。


 梁の勅使として訪れた裴景国は、ヤクマン部の新ハーンが幼児であることを知っておおいに驚いたが、梁公主の子であることを聞くと一転、喜んで祝福した。


 以後、ジャンクイ・ホンタイジは「ジャンクイ・ハーン(江魁合罕)」となったが、それを(がえん)じないものや敵人(ダイスンクン)からは悪意を込めて、「キタド・ハーン(中華合罕)」、あるいは「カラ・ウナス・ハーン(混血合罕)」などと呼ばれた。

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