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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
473/783

第一一九回 ①

インジャ命名に窮して太師を召して(はか)

サノウ法術を説きて義君に請いて辞す

 さて、四頭豹ドルベンに大敗した義君インジャ率いる中軍(イェケ・ゴル)は、亜喪神ムカリの猛追を受けて壊滅寸前であったが、突如現れた獅子(アルスラン)ギィの軍勢に救われた。


 やっと霹靂狼トシ・チノらと合流(ベルチル)したインジャは撤退を決意、意気消沈したままアラクチワド・トグムまで退く。そこでヤクマンの降将たちに牧地(ヌントゥグ)を授けたりしていたところ、白面鼠(シルガ・クルガナ)マルケがアネク・ハトン出産の報をもたらした。


 さらに(きびす)を接して、マシゲルのアンチャイ・ハトンもまた出産したことが判る。テンゲリの(つかさど)命運(ヂヤー)に驚き喜びつつ、好漢(エレ)たちは久々に宴に興じた。


 その席上、ギィも負いたる宿運に(したが)って、インジャに帰属を願い出た。こうしてギィは、唯一(ガグチャ)のハーンたるジョルチン・ハーンを(はばか)って「アルスラン・()()」と称することになったのである。


 くどくどしい話はさておき、夜が明けると諸将はそれぞれの牧地へ向かった。インジャは道中ずっと我が(クウ)の名を考え続けていたが、これといって良い名も浮かばない。そこで超世傑ムジカを召し出して、


「君はなぜ子にクルチア・スルデルの名を与えたのか」


 尋ねれば、拱手して答えて言うには、


「我が子は、氏族(オノル)人衆(ウルス)が奇人殿によって奸賊の(ガル)を逃れ、ハーンの人衆となった(ウドゥル)に生を()けました。そこで私がハーンに仕える契機となったクルチア・ダバアを忘れぬよう、また我が子の誕生が人衆と草原(ミノウル)にとって輝く吉兆(スルデル)となるよう、祈りを込めて名付けたのです」


 おおいに感心すると、今度は呑天虎コヤンサンを呼んだ。すると、


草原(ケエル)では元来命名にあまり気を(つか)いませんな。そのとき起こったことや見たものをそのまま付けたりするくらいです」


 驚きつつも次は神道子ナユテに問う。しばらく考えて言うには、


世間(オルチロン)には我が子にあえて不吉(ベリクウダイ)な名を与えるものもいます。なぜなら悪魔(シュルムス)(ニドゥ)を欺き、疫病や疾患から子を守るためです。例えばチュトグルは暗闇に潜んで子に危害を加えます。アダは疾病を運んだり、怪異をもって子の(セトゲル)を脅かしたりします」


「不吉な名とは、どんなものがある」


「そうですね。例えば、いたち(ソロンガ)役立たず(アルビン)粗末な(ヤブガン)(オルグ)(・ヤス)角がある(エベルトゥ)よそもの(ヂョチ)などの酷い名を持つものまであります」


 インジャは(フムスグ)(しか)めたり、目を(みは)ったりしていたが、ついに苦笑して言った。


「なるほど。おもしろい(ソニルホルトイ)ことを考えるものもあるものだが、それでは我がハトンが激怒(デクデグセン)するだろう」


「ははは。失礼しました。あまり参考にならなかったようで」


よい(サイン)、ありがとう」


 笑って退かせると、また独りで思案に暮れる。そこに胆斗公(スルステイ)ナオルが(アクタ)を寄せて莞爾と笑うと、


御子(ティギン)の名は決まりましたか?」


 僅かに眉を(しか)めると言うには、


「ううむ、それがまだ……。先からいろいろと意見を聴いているが、迷うばかりだ」


「かつて聞いたところによりますと、ハーンの御名はエジシ太師が付けた(注1)とか。タムヤより太師を召してみたらいかがでしょう」


 これには愁眉を開いて、


「それは名案だ。早速そうしよう!」


 (ダウン)(はず)ませる。勅命(ヂャルリク)を受けた飛生鼠ジュゾウが、列を離れてタムヤへ向かう。


 ジョルチ軍は途中で(モル)を分かつものがあるごとに送別の宴を開き、別れを惜しみつつゆっくりと北上した。


 美髯公(ゴア・サハル)ハツチは、版図(ネウリド)の拡大に伴った駅站(ヂャム)の拡張を命じられたのが(タルヒ)を去らず、毎日深刻な面持ちで地理の調査に(オロ)を砕いていた。あまりに刻苦勉励、うち込んでいるのに感心した石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジが。


「そんなに思いつめているから禿げるのだぞ」


 軽い気分で揶揄(やゆ)したところ、ハツチは(テリウ)の先まで紅潮させて、


「好きでこんな頭をしているわけではない!」


 激昂(デクデグセン)したものだから、単に冷やかしただけのナハンコルジもかっときて、あわや(つか)み合いにならんかという一幕もあったが、道中はおおむね何ごともなく平穏に過ぎた。

(注1)【エジシ太師が付けた】第 二 回④参照。

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