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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
47/783

第一 二回 ③ <ドクト登場>

サノウ祭に至りて策を用いて二士を救い

インジャ塞に往きて理を以て両将を説く

 さて、五日ほど駆けたころ、一行は一隊の人馬に行く手を遮られた。まさかベルダイ右派(バラウン)の兵か、と一瞬緊張の色が走る。と、大将らしき男が前に出て、馬上で拱手して言うには、


「フドウ氏のインジャ様とお見受けしたが」


「いかにも私はインジャです。貴公は」


「私は(ホイン)のオロンテンゲル(アウラ)に居を構えるカミタ氏の族長(ノヤン)で、ドクトと申す一介の野人でございます。神都(カムトタオ)のサノウ様の報せで、昨日から貴公が来るのをお待ちしておりました。是非我らの山塞にお越しください」


 サノウの名を聞いて(ようや)く安心した一行は、ドクトの風貌(ガタル)にもただならぬものを感じたので喜んで(したが)うことにした。その風貌やいかにと云えば、


 身の丈七尺少々、(ナス)は二十を超えず、(マグナイ)(ひろ)く、(ハツァル)高く、(オロウル)薄く、(ニドゥ)には大志宿り、(ビイ)には豪力秘めたる一個の好漢(エレ)、麾下の兵を見てもそれぞれ(カブラン)を素手で撃つべき勇者揃い(ヂオルキメス)


 ハクヒだけは、ハツチの両親を伴って先にアイルへ帰り、留守の諸将に首尾を告げさせることにした。案内されるままにインジャらはオロンテンゲル(アウラ)に至り、山道を登っていった。


「何と堅牢(ヌドゥグセン)な」


 セイネンが感心して呟く。ドクトは得意げに答えて、


「ここに籠って五年、いまだ正門(エウデン)に辿り着いたものすらおらぬ。我が衆は数百の小勢だが、ここに居るかぎり無敵だ」


 そのうちにもドクトの言う正門が見えてきた。地形を利して造られた門はいかにも強固な構えで、彼の自信もあながち過剰ではない。ドクトが到来を知らせると、ゆっくりと門が開いた。毛皮を(まと)った衛兵(エウデチ)が怠りなく巡回している。


 インジャらは感心しつつ、奥の館に招き入れられた。


「山奥にてたいしたもてなしはできませぬが、十分疲れを癒してください」


 酒類(ボロ・ダラスン)が運ばれ、早速酒宴となった。主人の席にはドクトが着き、客座にはインジャ以下、ナオル、セイネン、ハツチ、コヤンサン、ジュゾウが並ぶ。ジュゾウの二十人ほどの配下は、外で饗応を受ける。


「我々カミタは、つい十年前まで狩猟を生業とする小部族(ヤスタン)に過ぎませんでした。ところが草原(ミノウル)の不穏な情勢を耳にするにつけ、このままではいけないと考え、先代よりこの山塞を築いてきたのです。私は昨年来族長(ノヤン)の位を襲い、山塞に籠って英主の登場を待ち望んでいた次第。近ごろ(サルヒ)の噂で、ジョルチ部に若く聡明な族長(ノヤン)が現れたと聞いて密かに慕っておったところ、図らずも縁あってお逢いすることができ、これ以上の喜び(ヂルガラン)はありません。インジャ様の英名はこの山の中まで轟いておりましたぞ」


 ドクトは酒を注いで回りながら、嬉しそうに語った。インジャはあわてて、


いや(ブルウ)、それは虚名です。これまでの(ソオル)では、ここにあるナオルやセイネンの知謀があったればこそ勝ちを拾うことができたのです。私は何もしておりません。噂というのは恐ろしいものです」


 しかしドクトはまったく聞く(チフ)を持たず、かえってインジャが有能な義弟を持つのをその徳の大なるに帰して、ますますこれを讃えた。


 諸将はおおいにこの宴を楽しんだが、独りコヤンサンは先の失敗(アルヂアス)に懲りてか、酒もほどほどにおとなしく座っていた。それを見てセイネンらは大笑い。


 ドクトは豪放(クルグ)にして陽気な若者で、宴が進むにつれてインジャらはすっかりこの好漢と意気投合した。中でもナオルは、意外にもドクトと馬が合うこと格別であった。そのナオルがふと尋ねて言うには、


「そういえば、どこでサノウ先生と知り合ったのだ」


「それよ、まさに縁とは不思議なものだ。俺がまだ族長(ノヤン)になる前のことだ。偶々(たまたま)ある旅の一行が(ヂェテ)に襲われているのを救ったことがある。聞けば神都(カムトタオ)役人(ドゥシメット)でトシロル・ベクという男。そのあと(バリク)の近くまで送っていったのだが、その男が先生の知己であったというわけだ」


 それを聞きつけたハツチが話に加わって、


「ほう、トシロルなあ。あやつは自尊心が強いせいか、そのようなことは話さなんだわ」


 こうしていよいよ宴は進み、ドクトが得意の胡弓(ホール)を披露に及ばんとしたところに、俄かに一人の兵が駈け込んできて叫んだ。


族長(ノヤン)様!」


「何だ、客人(ヂョチ)の前だぞ。無礼(ヨスグイ)であろう!」


「一大事にございます。ドノル氏が来ました!」


 これを聞いてドクトは表情を一変、たちまち精悍な武人の(ヌル)に変わると、インジャらに詫びて言うには、


敵人(ダイスンクン)が来たようなので席を外します。すぐに戻りますからお待ちあれ」

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