第一 二回 ③ <ドクト登場>
サノウ祭に至りて策を用いて二士を救い
インジャ塞に往きて理を以て両将を説く
さて、五日ほど駆けたころ、一行は一隊の人馬に行く手を遮られた。まさかベルダイ右派の兵か、と一瞬緊張の色が走る。と、大将らしき男が前に出て、馬上で拱手して言うには、
「フドウ氏のインジャ様とお見受けしたが」
「いかにも私はインジャです。貴公は」
「私は北のオロンテンゲル山に居を構えるカミタ氏の族長で、ドクトと申す一介の野人でございます。神都のサノウ様の報せで、昨日から貴公が来るのをお待ちしておりました。是非我らの山塞にお越しください」
サノウの名を聞いて漸く安心した一行は、ドクトの風貌にもただならぬものを感じたので喜んで順うことにした。その風貌やいかにと云えば、
身の丈七尺少々、齢は二十を超えず、額濶く、頬高く、唇薄く、眼には大志宿り、身には豪力秘めたる一個の好漢、麾下の兵を見てもそれぞれ虎を素手で撃つべき勇者揃い。
ハクヒだけは、ハツチの両親を伴って先にアイルへ帰り、留守の諸将に首尾を告げさせることにした。案内されるままにインジャらはオロンテンゲル山に至り、山道を登っていった。
「何と堅牢な」
セイネンが感心して呟く。ドクトは得意げに答えて、
「ここに籠って五年、いまだ正門に辿り着いたものすらおらぬ。我が衆は数百の小勢だが、ここに居るかぎり無敵だ」
そのうちにもドクトの言う正門が見えてきた。地形を利して造られた門はいかにも強固な構えで、彼の自信もあながち過剰ではない。ドクトが到来を知らせると、ゆっくりと門が開いた。毛皮を纏った衛兵が怠りなく巡回している。
インジャらは感心しつつ、奥の館に招き入れられた。
「山奥にてたいしたもてなしはできませぬが、十分疲れを癒してください」
酒類が運ばれ、早速酒宴となった。主人の席にはドクトが着き、客座にはインジャ以下、ナオル、セイネン、ハツチ、コヤンサン、ジュゾウが並ぶ。ジュゾウの二十人ほどの配下は、外で饗応を受ける。
「我々カミタは、つい十年前まで狩猟を生業とする小部族に過ぎませんでした。ところが草原の不穏な情勢を耳にするにつけ、このままではいけないと考え、先代よりこの山塞を築いてきたのです。私は昨年来族長の位を襲い、山塞に籠って英主の登場を待ち望んでいた次第。近ごろ風の噂で、ジョルチ部に若く聡明な族長が現れたと聞いて密かに慕っておったところ、図らずも縁あってお逢いすることができ、これ以上の喜びはありません。インジャ様の英名はこの山の中まで轟いておりましたぞ」
ドクトは酒を注いで回りながら、嬉しそうに語った。インジャはあわてて、
「いや、それは虚名です。これまでの戦では、ここにあるナオルやセイネンの知謀があったればこそ勝ちを拾うことができたのです。私は何もしておりません。噂というのは恐ろしいものです」
しかしドクトはまったく聞く耳を持たず、かえってインジャが有能な義弟を持つのをその徳の大なるに帰して、ますますこれを讃えた。
諸将はおおいにこの宴を楽しんだが、独りコヤンサンは先の失敗に懲りてか、酒もほどほどにおとなしく座っていた。それを見てセイネンらは大笑い。
ドクトは豪放にして陽気な若者で、宴が進むにつれてインジャらはすっかりこの好漢と意気投合した。中でもナオルは、意外にもドクトと馬が合うこと格別であった。そのナオルがふと尋ねて言うには、
「そういえば、どこでサノウ先生と知り合ったのだ」
「それよ、まさに縁とは不思議なものだ。俺がまだ族長になる前のことだ。偶々ある旅の一行が賊に襲われているのを救ったことがある。聞けば神都の役人でトシロル・ベクという男。そのあと街の近くまで送っていったのだが、その男が先生の知己であったというわけだ」
それを聞きつけたハツチが話に加わって、
「ほう、トシロルなあ。あやつは自尊心が強いせいか、そのようなことは話さなんだわ」
こうしていよいよ宴は進み、ドクトが得意の胡弓を披露に及ばんとしたところに、俄かに一人の兵が駈け込んできて叫んだ。
「族長様!」
「何だ、客人の前だぞ。無礼であろう!」
「一大事にございます。ドノル氏が来ました!」
これを聞いてドクトは表情を一変、たちまち精悍な武人の顔に変わると、インジャらに詫びて言うには、
「敵人が来たようなので席を外します。すぐに戻りますからお待ちあれ」