表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻八
466/783

第一一七回 ②

ムカリ陣頭に奮迅して(やす)く三将を(もてあそ)

インジャ死地に勇戦して(つい)に一軍を(こぼ)

 無言で頷くサノウの得物は、特異な形状をしている。すなわち縄鏢(じょうひょう)なるもので、革張りの短い柄がついた長縄の先端に(ヂダ)のごとき刃先が付いている。


 刃先を投げつけて敵を突き、また縄の部分でその得物を(から)めとるという常人には扱いがたい珍しい得物。これまで自ら戦闘(カドクルドゥアン)することなどなかった帳幕(ホシリグ)の謀臣も、ここに至ってはそうも言っていられない。


 輜重(イヂェ)を預かるズラベレン軍を除く全軍が投じられて、強大な(ブルガ)に当たる。コヤンサンはどうにも堪えがたくなって、


「イエテン、ここを(たの)む!」


「どうする気だ」


「知れたことよ! 俺もひと暴れしてくる。千騎(ミンガン)ばかり連れていくぞ」


 旱乾蜥蜴(かんかんせきえき)タアバが(アマン)を尖らせて、


「我らには後軍(ゲヂゲレウル)責務(アルバ)が……」


(やかま)しい! この危急の際に前も後もあるか!」


 言うなり(カラ)を下して、怒声とともに飛び出していく。かくしてジョルチ軍は、ほぼ全軍揃ってまっしぐらに突っ込む。


 四頭豹は戦況を一瞥して、ふんと(ハマル)で笑うと、


「誰がフドウの小僧(ニルカ)を戦巧者などと言ったのだ。奴は(チルメ)(かか)ったぞ」


 冷静に呟くとさっと合図を出す。金鼓が鳴り響き、両翼がどっと動きだす。


 キレカはムカリの猛攻を支えて奮戦していたが、すでに陣形(バイダル)も失われて、人馬入り乱れる大混戦に巻き込まれていた。彼方より軍鼓轟き、援軍が到着したことを知ると、


「ハーンが助けに来てくれたぞ! みなのもの、今少しの辛抱だ!」


 そう叫んで兵衆を鼓舞しながら(バラウン)(ヂェウン)へ駆け回る。群がる敵兵を突き伏せ、斬り倒し、ときには飛刀を放って(アミン)を奪う。諦めかけていた兵衆も再度勇を奮い起こす。


 が、それでも亜喪神ムカリの卓越した武技は余人の及ぶところではなく、立ちはだかるものはことごとく(たお)れていく。その戦斧の(ひるがえ)るところ、鮮血(ツォサン)(ほとばし)り、首や腕が次々に宙に舞う。


 ムカリは久々の戦場にすっかり昂揚し、塵芥のごとく敵騎をあしらいながら、ついには身を(すく)ませるような哄笑とともに進んでいく。その行くところ絶叫が(こだま)し、瞬く間(トゥルバス)屍の山(ウクレン・アウラ)が築かれる。


 一度は奮起したガダラン軍もこの鬼神(チュトグル)のごとき猛将(バアトル)の前にたちまち意気阻喪し、その馬首が赴けば、わっと悲鳴を挙げて道を空ける有様。


 次第に押されて、今にも崩れんとしたところにオラル率いるイレキ軍が突入する。瞬時に乱戦に巻き込まれて、全体の戦局など(タルヒ)から消し飛んでしまう。碧水将(フフ・オス)オラルは叉を縦横無尽に振るいつつ、盟友(アンダ)姿(カラア)を捜す。


「あっ、危ない!」


 見ればキレカは前方の敵に気を取られて、背後の敵にまったく気づいていない。オラルは眼前の敵騎をひと突きにて(ほふ)ると、疾駆(ダブヒア)しながら腰の(ふくろ)より(つぶて)を取り出だす。


 やぁっと一閃すれば、狙い(たが)わずキレカを襲わんとしていた騎兵を打ち落とす。キレカは初めて危機の迫っていたことを知ると、


「おお、碧水将! ありがとう(バヤルララ)


 ぱっと(ヌル)を輝かすと、大声で言うには、


「さあ、イレキ軍が来たぞ! 返せ、返せ!」


 二人の驍将は(アクタ)を並べて、全身に返り血を浴びながら奮戦する。周囲に次第に味方(イル)の兵衆が集まりはじめる。


 ムカリはそれを見て、かっと(ニドゥ)を見開くと、馬首を転じて向かっていく。(アラアタヌイ)のごとき咆哮を放ちつつ、


「この叛徒(ブルガ)め!」


 キレカはこれに気づくと傍ら(デルゲ)のオラルに、


「亜喪神さえ討ちとれば何とかなろう!」


 かくして二騎はこれを迎え撃つ。まずはキレカが得物を左手に持ち替えて、さっと飛刀を飛ばす。


「うぉっ!!」


 虚を衝かれたムカリだが、これを戦斧で叩き落とす。足は一向に止まらず接近(カルク)してくる。馬上に体勢を整えたところを、今度はオラルの礫が襲う。がん、と鈍い音がしてムカリは()()る。


「やったか!?」


 そう思ったのも一瞬、すぐに(チェエヂ)を起こして、ますます猛り狂って二騎に迫る。


「つまらん技を! 正々堂々と戦え!」


 びりびりと空気を震わせるような怒号を叩きつけると、ついに戦斧を繰り出してくる。咄嗟に叉の柄でそれを受け止めたオラルは苦痛に顔を(ゆが)める。


「何て強力(クチュトゥ)な!」


 (ムル)の辺りまで鈍痛が走り、(ガル)は痺れて、思わず得物を落としかける。すかさずキレカが突きかかってこれを助ける。ムカリは苛々しながらこれを弾くと、


「ええい、うるさい蠅め!」


 左へ右へ戦斧をうち振るうムカリに対して、二将は為す術もなく翻弄される。もとより紅火、碧水両将もその名を知られた雄将であったが、亜喪神の豪勇はまさに常軌を逸していた。


 しかしさすがと云うべきか、並の武将なら瞬時に斬られているところを十合、二十合と打ち合ってなお勝敗が決しない。次第にムカリの表情は瞋恚(しんい)で赤黒く染まっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ