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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
464/783

第一一六回 ④

カントゥカ(にわ)かに冦難に接して南原を辞し

ドルベン(ようや)く三軍を興して義君に挑む

 東方ではついに神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノと霹靂狼トシ・チノ、二人の英傑(クルゥド)合流(ベルチル)を果たしていた。美髯公(ゴア・サハル)ハツチら三人の好漢(エレ)を介して両者は対面し、ともにハーンのために戦う(アヤラクイ)ことを誓い合った。


 インジャの勅命(ヂャルリク)に従い、アステルノが先鋒(ウトゥラヂュ)となって全軍を導く。もとより地理には通暁している。ベルダイ軍は労なく原野(ケエル)疾駆(ツォギオ)して、トオレベ・ウルチのオルドを目指す。


 トシ・チノは、セント軍の偉容に感嘆して長韁縄(デロア・オルトゥ)サイドゥに言った。


「どうだ、あの見事な騎馬は。いずれも千里の駿馬(クルゥグ)に巧みな騎手を配している。それに何と云っても神風将軍! まさに草原(ミノウル)最強と云うに相応しい。あれに勝るとすればただダルシェの()()があるのみだろう!」


 サイドゥは静か(ヌタ)に賛意を示すと、


「しかし輜重(イヂェ)を預かる石沐猴(せきもっこう)が遅れぬか心配です。少しアステルノ殿に速度を落としてもらわねばなりますまい」


「ははは、情けないことを言うな!」


 トシ・チノは豪快に笑い飛ばす。


 同じく右翼(バラウン・ガル)たる西軍も、超世傑ムジカが至って動きだした。すでにウリャンハタ軍約二万はメンドゥ(ムレン)を渡って西帰した。こちらも先鋒は降将たるムジカが担った。ナオルがそれに続き、後軍(ゲヂゲレウル)はサチが率いた。


 これは四頭豹が看破したとおり、三方からオルドを遠巻きに包囲(ボソヂュ)した上で、相手の動向に応じていかようにも対処できる形を成さんとしたものである。


 すなわち一軍が叩かれれば余の二軍をもって側背を衝き、また(ブルガ)も三方に分かれたときには、そもそも英傑勇将揃った南征軍なれば恐れるべきは四頭豹の奸智のみにて、分散した敵軍になど敗れる気遣いはないと見たのである。


 ただ突然のクル・ジョルチの侵攻によってウリャンハタ軍の離脱(アンギダ)があり、形勢を整えるのに思わぬ時を費やしたのは明らかな誤算だった。


 逆に四頭豹はじっと(チャク)を待ち、今やジョルチ軍の機先を制して全軍を動員したのであった。


 彼に些少なりとも誤算があったとすれば、ダサンエンが予測(ヂョン)以上の凡将ぶりを(さら)したために、敵軍に僅かの損害も与えられなかったことくらいである。だがもともと(ごう)も期待していなかったから、ムカリのように激昂(デクデグセン)しなかったのである。


 四頭豹は瞬く間(トゥルバス)に出陣の準備を整えると、ふと思い立ってオルドへ伺候した。


 トオレベ・ウルチ・ハーンは、今回の(ソオル)について最初に軽い報告を受けた。そのときにすべてを四頭豹に託すと明言してからは、ほとんど何も知らされていなかった。よってムジカやアステルノなどの造反も当然知らない。


 四頭豹がオルド周辺に厳重な箝口(かんこう)令を()いたためもあったが、トオレベ・ウルチ自身がもはや雑事を(チフ)にすることを嫌ったのである。今や彼は、日々ジャンクイ・ホンタイジを愛でて過ごすただの老人(ウブグン)に過ぎなかった。


 四頭豹が跪拝して挨拶を述べたときも膝にジャンクイを乗せたままで、彼のほうをちらりとすら見なかった。かまわず言うには、


「辺境を(みだ)す奸賊はまもなく撃退されるでしょう。お慶び申し上げます」


 ジャンクイの小さな(ガル)(もてあそ)びつつ適当に答えて、


「そうか。わしは丞相(チンサン)信頼(イトゥゲルテン)している。何度も言うようだが、いちいち報告には及ばぬ」


「恐れ入ります。これよりこのドルベン・トルゲ、辺境に真の安寧(ヘンケ)を確保するべく遠征してまいりますが、留守中のことはすべてウルイシュ殿やスーホ殿に委ねておきましたので、何かありましたらこの両名にご下問ください」


うむ(ヂェー)、わかった」


 結局トオレベ・ウルチは、一度も四頭豹に視線を向けることはなかった。拝礼して退出する間際、ハーンの傍ら(デルゲ)に座す梁公主に意味ありげな目配せをしたが、それに気づくこともなかった。


 かくしてヤクマン軍はムカリを先頭についに発った。(ツェゲン)(フラアン)、そして禁軍の(ハラ)旗幟(トグ)をはためかせて五万騎が草原(ケエル)に繰り出す。


 八旗軍(ナェマン・トグ)(今は僅かに三旗であったが)の全軍が出動し、オルドに残されたのはチンラウトが統制する宦官で構成された内府軍のみであった。


 道々、近隣(サーハルト)の小氏族(オノル)などへも使者が飛び、その兵力は徐々に膨らんでいった。ジョルチ軍に(まみ)えるころには六万近くになるはずである。


 インジャらはまだこの大軍がまっしぐらに己を指して進撃していることを知らない。斥候(カラウルスン)こそ大量に放ってはいたものの、これを最も巧みに用いることができる飛生鼠ジュゾウは、ハツチらと別れて帰還する途上にあり、ここにはない。


 勝利を確信して突き進む南征軍の中で、一人だけ強い不安を覚えていたものがあった。常には目立たぬが、黄金の僚友(アルタン・ネケル)にあって最も慎重なる霖霪(りんいん)駿驥(しゅんき)イエテンである。


 彼はここに至るまでの敵の対応の鈍さを(いぶか)しく思って、族長(ノヤン)たる呑天虎コヤンサンに(はか)った。するとコヤンサンはこれを怒鳴りつけて、


「士気を下げる気か! お前のように何でも疑っていては勝てる戦も勝てぬわ! もう一度言ってみろ、俺がその(ヘル)を断ち切ってくれよう」


「だがおかしいとは思わぬか。嫌な予感(ヂョン)がする」


「言うなと言っているだろう! だいたい考えるのはサノウやセイネンの任務(アルバ)、お前は(ヂダ)でも磨いていろ!」


 それでイエテンは(アマン)(つぐ)み、余人にその懸念を明かすことはなかった。


 さて、いよいよテンゲリをともには戴かぬ仇敵(オソル)との衝突は指呼の間に迫った。それぞれの意図を(はら)みつつ、双方併せて十万騎にならんかという空前の決戦が行われようとしている。


 この戦の勝者こそが草原(ミノウル)の覇権を握ることになるのは言うまでもないところ。果たして霖霪駿驥の憂慮は的中(オノフ)するか。それは次回で。

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