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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
463/783

第一一六回 ③

カントゥカ(にわ)かに冦難に接して南原を辞し

ドルベン(ようや)く三軍を興して義君に挑む

 おおいに意気揚がった両将は、降兵を入れて二万近くに膨れ上がった軍を率いて進軍を再開した。(フラアン)(ツェンヘル)(トグ)を押し立ててクフ平原に至ると、歓呼の(ダウン)をもって迎えられる。


 (トイ)を定めると、キレカとオラルは(くつわ)を並べてインジャのもとへ向かう。すぐに拝謁を許された両将は平伏して、まずオラルが言うには、


勅命(ヂャルリク)に従って西征し、我が盟友(アンダ)紅火将軍(アル・ガルチュ)を伴って帰還いたしました」


 インジャはこれを(ねぎら)いつつ、その視線を新たな僚友(ネケル)に注ぐ。キレカは澄んだ(トンガラグ・)(ニドゥ)をそっと上げて、己の仕える新たな主君(エヂェン)を窺うと、涼やかな声で言った。


「ガダラン氏族長(ノヤン)キレカ・オトハンです。正邪の別も(わきま)えずハーンの兵と干戈を交えましたこと、どうかお(ゆる)しください。我が盟友(アンダ)オラルの勧めに応じて前非を悔い、臆面もなく御前に(まか)り越しました。これよりは独りハーンのために、その(ウルドゥ)となり、(ハルハ)となり、(ノガイ)となって草原(ミノウル)を騒がす奸賊を討ち滅ぼすべく尽くさせていただく所存です。何とぞ我が(オロ)をお疑いになることなきようお願い申し上げます」


 インジャは感心して、


「紅火将軍の名は昔日(エルテ・ウドゥル)より万雷(アヤンガ)のごとく私の(チフ)に響いていた。今日こうして会えたことはこの上ない喜び(ヂルガラン)である。以後は我が兄弟として、盟友(アンダ)として、及ばざるところを(たす)けてほしい」


「もとより非才なれど、鞠躬尽瘁(きっきゅうじんすい)(注1)いたします」


 居並ぶ黄金の僚友(アルタン・ネケル)から、わっと歓声が挙がる。さらにオラルが、


「実はここに来る前に(ブルガ)の大将軍ダサンエンの緑軍(ノゴーン)と遭遇し、これを討ち果たしてまいりました」


 (フルテスン)に包んだ首級を差し出す。インジャは喜んで言った。


「まさしく両将は長大なる両翼、強靭なる双鞭である。一対(オレエレ)猟犬(ハサル)、二頭の駿馬(クルゥグ)である。我はこれを(よみ)し、みなはこれを範とするであろう」


 キレカとオラルは低く(テリウ)を垂れて謝意を表する。ともかくこれでいよいよ四頭豹征伐に向けて進むばかりとなったのである。




 一方、四頭豹ドルベン・トルゲもついに重い腰を上げようとしていた。戦況は逐一報告されている。


「ほほう、クル・ジョルチが動いたか。大スイシめが任務(アルバ)を果たしたらしいな。残るはフドウの小僧(ニルカ)叛徒(ブルガ)の群れか」


 アサンらが危惧したとおり、クル・ジョルチ来寇は四頭豹の策略であった。南征軍が発動したばかりのころに大スイシを西原に送り込んだのである。亜喪神ムカリは(コセル)を踏み鳴らして、


「あの大カン気どりにひと泡吹かせんと思っていたのに」


「ははは、相変わらずだな、亜喪神。お前の出番はもうすぐだ」


「ではついに……」


 頷いて、


「出陣する」


「おお、待っておりましたぞ!」


 そこへ新たな早馬(グユクチ)が到着して、ダサンエンの敗北を報じる。四頭豹は微笑を(たた)えたままだったが、傍ら(デルゲ)のムカリは憤激して、


「何たる失態! 彼奴は恥を知らぬのか! 敵に一矢を報いることもなく逃げ惑ったあげく、小者(カラチュス)(とら)えられるとは」


 四頭豹が笑い混じりで、


「もうよいではないか。奴はその程度の男よ。死んで清々したというもの。それより我らの(ソオル)が肝要」


「おお、そのとおりです! してどちらへ? 敵は三手に分かれて攻め寄せる心算。我らも分かれますか?」


 四頭豹の(ニドゥ)に一瞬軽侮の色が(よぎ)ったが、変わらぬ調子で言うには、


「それは上策とは言えぬ。兵の運用の極意は集中。敵は分かれ、我は(ネグ)なるこそ勝利の法」


「ならば……」


「手を(こまぬ)いていれば、敵は大蛇(マングス)のごとく首、(ビイ)(セウル)と相揃うだろう。そうなれば一を打てば余の二軍が至り、まことに厄介な相手となる。彼奴らもそれが狙いなのだろうが、その前に、互いに離れている間に個別に叩く」


「どいつをやりますか!」


 微妙に(フムスグ)(ひそ)めて多くは答えずに、


「首を撃てば、自然に烏合(エレムデク・)の衆(ヂェムデク)は四散する」


然り(ヂェー)!」


 ムカリは意気揚々と退出する。その(ノロウ)に冷徹な一瞥をくれると、伝令を招いて細々した指示を出したが、くどくどしい話は抜きにする。

(注1)【鞠躬尽瘁(きくきゅうじんすい)】心身ともに捧げて自分のことを顧みずに尽くすこと。

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