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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
462/783

第一一六回 ②

カントゥカ(にわ)かに冦難に接して南原を辞し

ドルベン(ようや)く三軍を興して義君に挑む

 そのまま行き過ぎようとしたが、ふと(フル)を止めて振り返ると、


「もちろん己の背後にも気を(つか)われるがよかろう」


 ジョルチの諸将は、はっと息を呑む。カントゥカらが退出してしまうと、百策花セイネンが言うには、


「衛天王の言葉(ウゲ)、たしかにそのとおりでございます。後背には神都(カムトタオ)に奸人ヒスワがあります。人を()って不穏な動きがないか確かめる必要がありましょう」


「そうだな。神都(カムトタオ)は東方に神箭将(メルゲン)ヒィ・チノがあれば、軽々しくは動けまいが……。よし、白面鼠(シルガ・クルガナ)千騎(ミンガン)をもってカオロン(ムレン)沿いに北上せよ。何かあればすぐに山塞と我らに早馬(グユクチ)を」


承知(ヂェー)


 マルケは拝命して即座に退出する。


 ウリャンハタ軍一万五千騎が離脱(アンギダ)するのはかなりの損失である。ヤクマンの降将を加えて増大した兵力が、一瞬にして減ってしまった。ためにまた兵略を練り直すことにして彼らは南進を延期した。


 西方の胆斗公(スルステイ)ナオルには急使を派遣して、カントゥカらの西帰を援護するよう命じる。


 俄かに軍議が開かれ、両翼の再編成が討議される。サノウらの進言によって以下のとおり陣容を改めることにした。


 まず中軍(イェケ・ゴル)は、フドウ、紅袍軍(フラアン・デゲレン)、カミタなどから成る四千騎を軸に、ズラベレン三千、加えて西方からイレキ七千、新たに投稿したガダラン八千を呼び寄せて総計二万二千騎とする。


 右翼(バラウン・ガル)たる西軍は、ジョンシ、ドノル、タロトなど七千、カントゥカの残したカオエン五千のほか、中央(オルゴル)よりジョナン六千を送って計一万八千騎。


 最後に左翼(ヂェウン・ガル)を成す東軍は、ベルダイ五千とセント八千がまもなく約会(ボルヂャル)せんとしている。計一万三千騎である。


 つまり超世傑ムジカが西(バラウン)へ向かい、代わって紅火将(アル・ガルチュ)キレカ、碧水将(フフ・オス)オラルが中軍に加わることになったのである。ウリャンハタ軍が去ったとはいえ、総じて五万数千騎が三手に分かれてトオレベ・ウルチのオルドを目指す。


 多少の不安を覚えていた好漢(エレ)たちも、この陣容を見てほっと安心した。いかに四頭豹が奸智に()けていても、万にひとつも負けるとは思えなかったのである。


 しかしまだ四頭豹の手許(てもと)には八旗(ナェマン・トグ)のうち四旗が残っている。そしてそれこそが意のままになる四旗であった。


 すなわち自らが率いる白軍(ツェゲン)のほか、大将軍ダサンエンの緑軍(ノゴーン)、亜喪神ムカリの赤軍(フラアン)、コルスムスの禁軍である。その数は六万騎以上、インジャの南征軍を上回る兵力を誇っている。


 さて緑軍のダサンエンだけは早くに出陣を命じられたものの、逡巡している間に戦機(チャク)を逸してしまったことは先に述べたとおりである。


 四頭豹はやはり兵を動かさず、インジャに大軍あるを知りながらこれを一軍のみで前進させた。ダサンエンは戦意に乏しかったが、やむなく一万騎(トゥメン)をもって北上した。途中幕僚に言うには、


「西北に道を採れ!」


 驚いた幕僚の一人が、


「しかし(ブルガ)(ホイン)のクフ平原に拠っているのでは……」


 すると冷汗を(ぬぐ)いつつ、


「うるさい、兵法にも謂うではないか。『その(おも)わざるところに(おもむ)け。千里を行きて労せざるは無人の地を行けばなり。攻めて必ず取るはその守らざるところを攻むればなり』とな」


 それは曲解以外の何ものでもなかったが、幕僚たちは(アマン)(つぐ)んだ。


 果たして彼は戦闘(カドクルドゥアン)を回避することはできなかった。というのも、偶々(たまたま)西へ急ぐウリャンハタ軍に遭遇してしまったからである。サノウの忠告により十分に警戒していたので、緑軍を見ると、


「やはり来たか!」


 とて即座に対応した。ダサンエンにとってはいるはずのない敵である。周章狼狽すると、まともにぶつかろうともせず真っ先に馬首を(めぐ)らす。


 ために麒麟児の鋭鋒が及んだときにはすっかり浮足立ち、軍の体裁も整わぬまま散々に撃ち退けられた。シン・セクは暴れ足りずに不平を吐き散らしたが、急いでいる身であればやむなく追撃を中止した。


 ダサンエンはおよそ二十里も背走(オロア)してやっと(デム)を立て直すと、いまだ恐怖から覚めぬ様子で、


「なぜかの地に敵軍が在るのだ。そのような報告は受けておらぬぞ」


 そう言うと、己の失策は顧みずに哨戒兵の長を処罰した。その後は迂闊に動くことを恐れてその場に留まり、情勢を窺うことにした。


 しかしどうやらテンゲリはよほど卑怯卑屈の徒を憎むと見えて、緑軍はまたしても思わぬ敵に出遭うことになる。


 すなわち(カラ)を受けてクフ平原に向かう紅火、碧水両将である。降ったばかりのキレカが欣喜雀躍したのは言うまでもない。ハーンへの贈物(サウクワ)にちょうどよいと小躍りして襲いかかる。


 奇襲を受けたダサンエンは再びあわてふためいて、離脱(アンギダ)せんとて(アクタ)の背にしがみつく。ところが今度は見逃されるはずもなく、武勲を求めるキレカはどこまでもこれを追う。


 凡将の最期は悲惨であるのみならず滑稽ですらある。ダサンエンもこの例に漏れず、ついには部下に見放され、彼らの(ガル)によって縛り上げられた上で突き出された。キレカはおおいに喜ぶと、(すが)るような(ニドゥ)で命乞いをする彼に言った。


「今までお前らのためにどれだけ心ある好漢が苦しんだことか。見苦しいぞ、ダサンエン! 己の罪の深さを噛みしめて死ね」


 あわれ一時は大将軍として権勢を振るったダサンエンも、最後は(ウルドゥ)()って戦うことすらなく首を()ねられたのである。

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