第一 二回 ②
サノウ祭に至りて策を用いて二士を救い
インジャ塞に往きて理を以て両将を説く
表に出てみれば、火はますますその勢いを増しており、漸く人も集まりつつあった。一行は小趨りにその場を離れ、やがて人混みに紛れてサノウの家に向かった。
「やったな。祭の騒ぎがなければ、こううまくはいかなかったろう」
ハクヒが言えば、セイネンは、
「いやまだ成功とは限りません。街を出て河を渡るまでは」
ナオルも頷いて、
「ハツチ殿のご両親のことも気になります」
「そうだ! わしの親を連れ出さなければ!」
あわてるハツチにインジャが言うには、
「すでにジュゾウの配下がお連れしているはず。とにかく帰ることが先決」
一行は足を速めて、ほどなくサノウ邸に帰り着いた。到着を知らせると、常とは違ってすぐに門が開く。滑り込むように中へ入ると、サノウが尋ねて言うには、
「どうであったかな」
「先生の計画どおり、ちゃんと二人とも救うことができました」
インジャが答えて、コヤンサン、ハツチ並んで深々と礼をする。ハツチは顔を上げるとすぐに、
「わしの親はどうした?」
サノウは笑って、
「おたおたするな。客間に居る。行ってみろ」
飛ぶように客間に行けば、はたして彼の両親が座っている。目を潤ませて挨拶しようとしたところ、その母親はいきなりこれを怒鳴りつけて、
「お前は何という不孝ものだ! 牢に入ったかと思えば、今度は無頼を大勢雇って牢破り。どうすんだい、もうどこにも逃げられないよ!」
そしておいおいと泣き崩れる。ハツチはせっかく再会できたのにと憮然たる表情。そこにサノウがやってきて、
「先から幾度も説明しているんだが、ずっとこの調子だ」
インジャらも加わってハツチと両親を交々慰める。ついにインジャが言うには、
「ハツチ殿のこと、衷心よりお詫び申し上げます。しかしここに至った以上、ともに草原にいらしていただくほかありません。街には隠れるところがなくても、一歩城を出れば天地は限りなく続いています。そのすべてが我々を守ってくれます。我々はみなお二方の息子となってお仕えします。決して不便は感じさせませんから、どうか草原へ」
そうして幾度となく頭を下げたので、ハツチの両親は得心はいかなかったものの、漸く平静を取り戻してきた。そこにいつの間に戻ったのか、ジュゾウが現れる。手には酒杯の並んだ盆を持っている。
「さあさあ、ご両親。これを飲んで気を休めてくださいな」
言われるままに杯を干せば、あっという間に二人とも目を閉じてしまった。ハツチはあわてにあわてて、
「こら、何を飲ませた!」
「へへっ、お前を助けるために使った薬酒を少しばかりな」
ハツチの両親が眠ってしまったのを幸い、今のうちに街を出ることにした。
「ではインジャ殿、気を付けて。早く出なければ城門を閉められるかもしれぬ」
サノウは親しく一同を見送る。インジャらは拱手して謝意を示した。
「先生には多大な恩を蒙り、一同感謝しております。おかげでコヤンサンを救えたばかりか、ハツチ殿という偉丈夫を同志に加えることができました」
「いやいや」
「ただひとつ心配なのは、今回のことで先生に累が及ばぬかということ。もし身が殆うくなるようでしたら、是非草原へお越しください。これはそもそも我らの願い、いつでもお待ちしておりますぞ」
「まあ、そのときが来れば考えよう。だが人の心配より己の心配をしたほうがいい。さあ、行った行った!」
次いでハツチに言うには、
「いつまでもくよくよせず、インジャ殿のために才略を発揮するといい」
ハツチは無言で頷いた。インジャはもう一度礼を言うと、みなに出立を告げる。
さて一同は緊張しつつ城門へ急いだが、何のことはなくあっさりと城外に出ることができた。いささか拍子抜けの感がしないでもなかったが、これも天王様の加護の賜物とお互いに喜び合った。
あとはジュゾウの調達した舟に乗り込み、難なくカオロン河を渡る。対岸に着くと、ジュゾウがまじめな顔で言うには、
「インジャ様、俺たちも連れていってくれないか」
驚いてこれを見返せば、傍らからセイネンが言うには、
「ジュゾウ殿には感謝しきれないが、君たちは街の民、草原の暮らしは肌に合うまいよ」
するとジュゾウはじめ無頼たちはその場に平伏して、
「いや、もう街の暮らしはうんざりだ。これまでは縁もなくいたずらに過ごしていたが、図らずもインジャ様にお遇いできた。これこそ宿縁というもの。必ずや役に立ってみせるから何としても連れていってくれ。いや、連れていってください!」
セイネンは困惑してインジャを顧みる。インジャもまた考える様子だったが、やがて言うには、
「もとよりジュゾウ殿には何か返礼をせねばと思っていたが、草原に連れていくくらいは容易いこと。もし嫌になればいつでも帰ればよい。客人としてご招待することにしよう」
「万歳!!」
無頼たちは小躍りして喜ぶと、重ねて礼を言う。インジャも笑って、
「そんなに礼を言われるとこちらも面映ゆい。あくまでしばらく草原に遊ぶということにしておいてくれ。それでよろしいか」
「よろしいもよろしくないもありませんや。ただその『ジュゾウ殿』ってのをやめてもらえませんかね。俺は市井の一無頼漢、インジャ様は族長様じゃありませんか。敬称なんかなしにしてください」
セイネンら一同も得心したので、いよいよアイルを指して帰ることとなった。馬はジュゾウたちが厩舎を襲って、あっさりと人数分を確保した。ナオルが苦笑して言うには、
「こんなに大暴れをしたら、この辺にはしばらく顔を出せないな」
こうして夜を日に継いで西を目指した。飢えては喰らい、渇いては飲むのは常のとおり。ハツチの両親は諦めたのか、目が覚めてからも黙って一行に従った。