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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
46/783

第一 二回 ②

サノウ祭に至りて策を用いて二士を救い

インジャ塞に往きて理を以て両将を説く

 表に出てみれば、(ガル)はますますその勢いを増しており、(ようや)く人も集まりつつあった。一行は小趨(こばし)りにその場を離れ、やがて人混みに(まぎ)れてサノウの家に向かった。


「やったな。祭の騒ぎがなければ、こううまくはいかなかったろう」


 ハクヒが言えば、セイネンは、


「いやまだ成功とは限りません。(バリク)を出て(ムレン)を渡るまでは」


 ナオルも頷いて、


「ハツチ殿のご両親のことも気になります」


「そうだ! わしの親を連れ出さなければ!」


 あわてるハツチにインジャが言うには、


「すでにジュゾウの配下がお連れしているはず。とにかく帰ることが先決」


 一行は足を速めて、ほどなくサノウ邸に帰り着いた。到着を知らせると、常とは違ってすぐに門が開く。滑り込むように中へ入ると、サノウが尋ねて言うには、


「どうであったかな」


「先生の計画どおり、ちゃんと二人とも救うことができました」


 インジャが答えて、コヤンサン、ハツチ並んで深々と礼をする。ハツチは(ヌル)を上げるとすぐに、


「わしの親はどうした?」


 サノウは笑って、


「おたおたするな。客間に居る。行ってみろ」


 飛ぶように客間に行けば、はたして彼の両親が座っている。(ニドゥ)(うる)ませて挨拶しようとしたところ、その母親(エケ)はいきなりこれを怒鳴りつけて、


「お前は何という不孝ものだ! 牢に入ったかと思えば、今度は無頼を大勢雇って牢破り。どうすんだい、もうどこにも逃げられないよ!」


 そしておいおいと泣き崩れる。ハツチはせっかく再会できたのにと憮然たる表情。そこにサノウがやってきて、


「先から幾度も説明しているんだが、ずっとこの調子だ」


 インジャらも加わってハツチと両親を交々(こもごも)慰める。ついにインジャが言うには、


「ハツチ殿のこと、衷心よりお詫び申し上げます。しかしここに至った以上、ともに草原(ケエル)にいらしていただくほかありません。(バリク)には隠れるところがなくても、一歩(バラガスン)を出れば天地は限りなく続いています。そのすべてが我々を守ってくれます。我々はみなお二方の息子(クウ)となってお仕えします。決して不便は感じさせませんから、どうか草原へ」


 そうして幾度となく(テリウ)を下げたので、ハツチの両親は得心はいかなかったものの、(ようや)く平静を取り戻してきた。そこにいつの間に戻ったのか、ジュゾウが現れる。(ガル)には酒杯の並んだ盆を持っている。


「さあさあ、ご両親。これを飲んで気を休めてくださいな」


 言われるままに杯を干せば、あっという間に二人とも目を閉じてしまった。ハツチはあわてにあわてて、


「こら、何を飲ませた!」


「へへっ、お前を助けるために使った薬酒を少しばかりな」




 ハツチの両親が眠ってしまったのを幸い、今のうちに(バリク)を出ることにした。


「ではインジャ殿、気を付けて。早く出なければ城門(エウデン)を閉められるかもしれぬ」


 サノウは親しく一同を見送る。インジャらは拱手して謝意を示した。


「先生には多大な恩を(こうむ)り、一同感謝しております。おかげでコヤンサンを救えたばかりか、ハツチ殿という偉丈夫(エレ)同志(イル)に加えることができました」


「いやいや」


「ただひとつ心配なのは、今回のことで先生に累が及ばぬかということ。もし身が(あや)うくなるようでしたら、是非草原へお越しください。これはそもそも我らの願い、いつでもお待ちしておりますぞ」


「まあ、そのときが来れば考えよう。だが人の心配より己の心配をしたほうがいい。さあ、行った行った!」


 次いでハツチに言うには、


「いつまでもくよくよせず、インジャ殿のために才略(アルガ)を発揮するといい」


 ハツチは無言で頷いた。インジャはもう一度礼を言うと、みなに出立を告げる。


 さて一同は緊張しつつ城門へ急いだが、何のことはなくあっさりと城外に出ることができた。いささか拍子抜けの感がしないでもなかったが、これも天王(フルムスタ)様の加護の賜物(アブリガ)とお互いに喜び合った。


 あとはジュゾウの調達した舟に乗り込み、難なくカオロン(ムレン)を渡る。対岸に着くと、ジュゾウがまじめな顔で言うには、


「インジャ様、俺たちも連れていってくれないか」


 驚いてこれを見返せば、傍ら(デルゲ)からセイネンが言うには、


「ジュゾウ殿には感謝しきれないが、君たちは(バリク)の民、草原の暮らしは肌に合うまいよ」


 するとジュゾウはじめ無頼たちはその場に平伏して、


いや(ブルウ)、もう(バリク)の暮らしはうんざりだ。これまでは縁もなくいたずらに過ごしていたが、図らずもインジャ様にお()いできた。これこそ宿縁というもの。必ずや役に立ってみせるから何としても連れていってくれ。いや、連れていってください!」


 セイネンは困惑してインジャを顧みる。インジャもまた考える様子だったが、やがて言うには、


「もとよりジュゾウ殿には何か返礼(カリラ)をせねばと思っていたが、草原に連れていくくらいは容易(たやす)いこと。もし嫌になればいつでも帰ればよい。客人(ヂョチ)としてご招待することにしよう」


万歳(ウーハイ)!!」


 無頼たちは小躍りして喜ぶと、重ねて礼を言う。インジャも笑って、


「そんなに礼を言われるとこちらも面映(おもは)ゆい。あくまでしばらく草原に遊ぶということにしておいてくれ。それでよろしいか」


「よろしいもよろしくないもありませんや。ただその『ジュゾウ殿』ってのをやめてもらえませんかね。俺は市井の一無頼漢、インジャ様は族長(ノヤン)様じゃありませんか。敬称なんかなしにしてください」


 セイネンら一同も得心したので、いよいよアイルを指して帰ることとなった。(アクタ)はジュゾウたちが厩舎(アラチュグ)を襲って、あっさりと人数分を確保した。ナオルが苦笑して言うには、


「こんなに大暴れをしたら、この辺にはしばらく顔を出せないな」


 こうして夜を日に継いで西(バラウン)を目指した。飢えては喰らい、渇いては飲むのは常のとおり。ハツチの両親は諦めたのか、目が覚めてからも黙って一行に従った。

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