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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
459/785

第一一五回 ③

アステルノ義君を(はか)りて超世傑酒に乱れ

ジュゾウ神風に賭して美髯公髪を()

 みな感心して賛成したので、早速使者を選んでこれを伝えさせることにした。任じられたのはすなわち美髯公(ゴア・サハル)ハツチ、飛生鼠ジュゾウ、奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドの三人。千騎(ミンガン)を与えられる。インジャは特に言うには、


「ジュゾウは用を終えたら戻れ。余の二人は(ヂェウン)に留まって両将を(たす)けよ。疾風(サルヒ)のごとき神風将軍(クルドゥン・アヤ)先鋒(アルギンチ)とせよ。家格高く勇猛(カタンギン)なる霹靂狼を中軍(ゴル)とせよ。ことに当たりて慎重たる石沐猴(せきもっこう)後軍(ゲヂゲレウル)とせよ。よいな」


 三人は(かしこ)まって拝命すると、すぐに出立した。道中、ジュゾウがにやにやしながらハツチに言うには、


「今回はどうだ? お前と動くと必ず凶事に遭うからな」


(やかま)しい。わしとて好きで災禍を招いておるわけではない」


 併走するオンヌクドが怪訝(けげん)な面持ちで、


「凶事とか災禍とか穏やかならぬことを言うが、いったいどういうことだ」


 ジュゾウはからからと笑うと、これまでハツチが遭遇した災難を、少しばかり誇張しつつ話す。当のハツチは(オロウル)を結んで(フムスグ)(しか)める。謹厳なオンヌクドは、率直に感心して(ニドゥ)を円くしている。ついにハツチが言った。


「お前の言うのは誇張が過ぎる。わしがまるで災厄の塊のようではないか」


「だいたい間違っちゃいないだろう。奔雷矩、貴公も気をつけたほうがいいぜ」


(エレグ)に銘じておこう」


「銘じるな! 気を悪くするぞ」


 ハツチが目を()けば、淡々と答えて、


「それは失礼した。我ら三人の(エイエ)(そこ)なうのは、ハーンの御心(オロ)に反する」


 ジュゾウは苦笑して、


「まったく奔雷矩はまじめな奴だな。戯言のひとつも解さねば疲れるだろう。案外ハツチとは相性が好いかもしれぬな」


 少し間を置いて、また(アマン)を開く。


「だが俺の身にもなってくれ。軽口も叩けぬようでは、まず俺が参っちまうぜ」


「そうか、気をつけよう」


 オンヌクドの答えにジュゾウは(ムル)(すく)める。こうして三人はセント軍を(もと)めて駆けたが、幸い格別のこともなかった。五日ほどしてハツチが言うには、


「もう二、三日すれば合流(ベルチル)できようか」


 オンヌクドが首を振って、


「公は神風将を知らぬな。おそらく明日中には会えるだろう」


 ジュゾウがおおいに驚いて、


「まさか! いくら何でもそれは速すぎる。八千からの兵がそんなに……」


 遮って言うには、


「ではひとつ賭をしようではないか」


 これには生来賭博好きのジュゾウが黙ってない。さっと面を輝かせると、


「そいつはいい! まじめなお前がそれを言いだしてくれるとは! お前が言わねば俺から誘おうと思っていたところだ。よし、お前は明日には合流できると言うのだな。ならば俺は、早くとも三日後だ!」


 そしてハツチに目を()れば言うには、


「盛り上がっているようだが、いったい何を賭けるのだ」


「ふうむ、そうだな。それぞれ己が重んじているものを差し出そう。俺はハーンからいただいた銀の腕輪を賭ける」


 するとオンヌクドも負けじと、


「私は愛する(アクタ)を」


「さあ、ハツチの番だぞ。まあ、お前が賭けるものは決まっているがね」


 二人があまりに大きな賭をしようとしているのを見て気後れしていたハツチは、不安に思って、


「決まっているとは何のことだ」


 尋ねればジュゾウは(ガル)()って、


「その(オモリウド)まで伸びた見事な(サハル)を切ってもらおう」


「何だと!」


 思わず(かば)うように両手で髭を覆う。


「さあ、お前はセント軍といつ合流できると思う?」


「答えぬぞ! わしはそんな愚かしい賭などせん。二人だけでやればいい」


 ジュゾウは意地悪く目を細めると、そっと言うには、


「はん、この臆病者め。よいさ、お前は小心だからな。無理()いはせぬ」


 すると瞬時(トゥルバス)(ヌル)(あか)くして、憤然と叫んで言うには、


「明後日だ! 明後日に賭けるぞ。誰が小心だ、ふざけるな!」


 余の二人は大笑い。


「明後日だな。まったくお前ほど単純な奴はないよ。挑発すればすぐこれだ」


 しまったと口を閉じるがすでに遅い。


「ははは、俺は奔雷矩の馬などどうでもよいから、ハツチの髭を切るのが楽しみだ。『美髯公』改め『()髯公』では格好がつかぬからな」


 ハツチは青ざめると幾分あわてて、


「待ってくれ。ぜ、全部剃るつもりか。せめて半分(ヂアリム)ばかり……」


「男らしくないぞ。なあ、無髯公」


 言えば先に同じ手にかかったことも忘れて(ウマルタヂュ)


「誰が無髯公だ! いいとも、ついでに(テリウ)まで綺麗に剃り上げてくれ!」


「聞いたな、奔雷矩。ははは、まことにハツチを揶揄(からか)うのは楽しいわ」


 くどくどしい話は抜きにして翌朝、夜営を払って進発する。ジュゾウは独りでにやにやしながら、ときどきオンヌクドの横顔を窺う。それに気づいたオンヌクドは涼しい顔で、


「必ず今日中に出合える。夕刻(ヂルダ)まで待つ必要もないだろう」


「ははは! 言うなあ、お前も。夜になって謝っても遅いぞ」


 一方でハツチは悄然と馬を駆る。不安そうに自慢の長髯を撫でている。

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