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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
458/783

第一一五回 ②

アステルノ義君を(はか)りて超世傑酒に乱れ

ジュゾウ神風に賭して美髯公髪を()

 はっと我に返ったムジカは、立ち上がってその(ガル)から酒瓶を奪い取ると、これを睨みつけて、


「お前は何と礼を知らぬ奴だ! ハーンを何だと思っている!」


 言うや否や、いきなり直に(アマン)を付けて一気に飲み干す。余の二人はおおと嘆声を挙げてこれを見守る。飲み終わると手の甲で口を(ぬぐ)って、回らぬ(ヘル)で言うには、


「ハーンには、とんだ失礼(ヨスグイ)を。この、こんな礼を失した、思うに何と詫びればよいか。ああ、何と言ったらよいか……」


 ぐらぐらと前合後仰して(ニドゥ)の焦点も定まらない。インジャとアステルノは(ヌル)を見合わせて、(はじ)けたように笑いだす。


「何がおかしいのですか? 何もおかしくありません」


 憤然として言うのを聞いて、さらに大笑い。ひとまずこれを座らせれば、ううむと唸って目を閉じてしまう。


 次の瞬間、アステルノは俄かに座を下りて平伏した。言うには、


「ハーン! たび重なる非礼、お(ゆる)しください!」


 インジャはあわてて、


「何を言うのです。私はこんなに楽しい酒を飲んだのは久々です」


 しかし(コセル)(マグナイ)を着けたまま大声で言うには、


いえ(ブルウ)、俺は不遜にもハーンの人を試すようなことをしてしまいました。この罪は万死に価します」


 やや困惑した様子で、


「何をおっしゃっているのか解りません」


「俺は己を()じています」


 ムジカがうっすらと目を開いて、


「そうだ、()じろ」


(やかま)しい、酔漢め! 黙っていろ」


 するとぶつぶつと何ごとか呟きながら、また目を閉じる。アステルノは改めて叩頭して言うには、


「もし赦されるならば、どうか俺も幕下に加えてください。ともに四頭豹を討ち、大義のために戦う(アヤラクイ)ことをお許しください!」


 インジャは親しく(ガル)を取って起き上がらせると、


「将軍の言葉(ウゲ)を聞いて、まるで百万の味方(イル)を得た思いです。むしろ私からお願いしたい。ともに奸賊を討つために戦いましょう」


 アステルノは(ダウン)も出ないほどに感動して幾度も謝す。かくしてヤクマン部の名将がまた一人、義君に投じたのである。


 アステルノは酔い潰れたムジカを抱えて辞去し、これをタゴサに託すと、急いで軽騎のもとに帰って事の次第を告げた。これを聞いて驚かぬものはない。口々に問いを発するのを黙らせると、


「ジョルチン・ハーンは噂以上の人物であった。人衆(ウルス)(やす)んじ、草原(ミノウル)(ヂャサ)を行うのは必ずや義君であろう。下々のもの(カラチュス)と楽しみを分かち、さらには苦しみをともにできる稀な主君(エヂェン)だ」


 アステルノは一隊を分かって留守陣(アウルグ)へ走らせた。イレキの民とともに(ホイン)へ難を避けさせるためである。


 自身はすぐに残りの兵を率いて帰路に就く。夜営を思うものもあったが、一度決断したら即行動しなければ気がすまない主の気性(チナル)はみな承知していたので、異論は出なかった。




 翌日、頭痛とともに目覚めたムジカは、タゴサの差し出す(オス)を飲みつつ、


「なあ、昨夜、アステルノが来たように思ったのだけど」


 タゴサは眉間に皺を寄せて、


「まだ酔ってるの? そのアステルノがあなたをここまで運んでくれたのよ。大ゲルで何か失礼があったんじゃないかって、私は気が気じゃないよ」


 ムジカはあっと小さく叫んで寝台(オル)から跳ね起きると、あわてて身支度を整えてゲルを飛び出す。(アクタ)(エメル)を載せる間ももどかしく、すぐに(また)がって駆けていく。


 呆れ顔で見送ったタゴサは溜息を()いて、


「何をやっているんだか……」


 そう呟いて戸張(エウデン)の中に消える。


 ムジカは陣中を(サルヒ)のごとく駆け抜けると、大ゲルへ至って謁見を求める。通されるなり平伏して昨夜の失態を幾度も詫びれば、インジャは大笑いして、


「大声を出さないでくれ。実は私も少々(テリウ)が痛いのだ」


「えっ?」


 呆然とこれを見返せば、莞爾と笑って、


「今後、神風将軍(クルドゥン・アヤ)と飲むときは心せねばなるまい」


「はぁ……」


 わけのわからぬままに恐縮する。が、やがてはっと気づいて、


「ハーンは『今後』とおっしゃいましたか。では……」


 頷いて、


うむ(ヂェー)。近日中に兵を率いて合流(ベルチル)するはずだ」


 それを聞いてムジカの顔がぱっと輝く。そして言うには、


「安堵しました。私はもう、不安で不安で……」


 喜び合ううちにも黄金の僚友(アルタン・ネケル)が集いはじめる。だいたい揃ったところで神風将軍の帰投を告げれば、方々で祝福(ウチウリ)(ダウン)が挙がる。獬豸(かいち)軍師サノウが進み出て、


「セント軍八千騎を得たことは実に喜ばしいかぎりです。しかし彼らをここに呼ぶのは上策とは言えませぬ」


「なぜか」


「さらに良策があればこそ。神風将軍はもとより東方にあるのであれば、霹靂狼と合流せしめるべきでしょう。さすれば我が軍は両翼相揃うことになります。そして三方より攻め下れば、いかな四頭豹といえども防ぐ方策はありますまい」

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