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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
456/783

第一一四回 ④

アステルノ征途に異事を得て蹤迹(しょうせき)

ムジカ夜営に盟友を認めて驚倒す

 ムジカはまだ起きてタゴサを相手に(ボロ・ダラスン)を飲んでいた。表が騒がしいことに気づいて戸張(エウデン)を開くと、


「何ごとだ! ゆえなく騒ぐなとあれほど……」


 しかし残りの言葉(ウゲ)は呑み込まざるをえない。目の前にある盟友(アンダ)姿(カラア)にただ愕然とする。


「どうした、超世傑。俺の(ヌル)忘れた(ウマルタヂュ)か」


 何も言えないまま首を振る。奥からタゴサも顔を出せば、やはりおおいに驚いて言うには、


神風将軍(クルドゥン・アヤ)じゃないか! いったいどうして……」


「それは俺の聞きたいことでもある。入るぞ」


 (アクタ)を歩哨の一人に預けると、ムジカを押し退()けるようにしてゲルに入る。あわてて戻ったムジカと対面に腰を下ろすと、ひと言、


「説明しろ」


「待て。タゴサ、アステルノに杯を……」


「要らぬ。俺はお前の説明を聞きにきたのだ。酒を飲みにきたのではない」


 語気鋭く言えば、困惑した顔で、


「そう頭から怒り散らすものではない。落ち着いて話もできぬ。誰も話さぬとは言っていないのだから、まずは飲め」


 そう言われては杯を受け取らぬわけにもいかぬ。差し出された杯に酒が満たされるや、ぐっと干して、


「さあ、飲んだぞ。話せ」


 ムジカは呵々大笑して、


「相変わらず気の短い奴だなぁ。よし、君の疑問にすべて答えよう」


 そしてここに至った経緯(ヨス)を細大漏らさず語りはじめる。アステルノは注がれるままに杯を干しつつ黙って聴いていたが、ついに奇人チルゲイがタゴサを救ったところまで話し終わると溜息を()いて、


「なるほど、よく解った」


 そう言って思案に沈む。ムジカが遠慮がちに尋ねて、


「君はどうしてここに……?」


 応じてアステルノも四頭豹に命じられた策戦を明かし、中途でイレキの人衆(ウルス)の北上を報せる早馬(グユクチ)に接して、事実を確かめるべくやってきたことを話す。


「何だって? すると君はオロンテンゲルの山塞を襲うために……」


そうだ(ヂェー)。だが、それも四頭豹の奸計だ。どう考えても千里を越えて(ブルガ)の本拠を叩くなど愚かしい。何せ後続が一兵もないのだからな」


 ムジカはほっと(オモリウド)を撫で下ろす。それを見てアステルノは、


「おい、お前に頼みがある」


「何だ?」


 (ニドゥ)を上げたところに言うには、


「義君に会わせろ」


 ぱっと顔を輝かせて、


「では君も……」


「まだ判らん。四頭豹に(くみ)するのは嫌だが、かといっていきなりハーンに叛く気もない」


 ムジカとタゴサは口を極めてインジャの徳を(たた)えようとしたが、それを強い調子で遮ると言うには、


「『百聞は一見に()かず』と謂うではないか。余計なことは言わなくていい。俺は己の目で判断する」


 その言葉はまさに神風将軍らしいとひと笑いすると、ムジカは側使い(エムチュ)を呼んで、


「ハーンに拝謁したい。馬を飛ばしてご意向を伺ってまいれ」


 しばらく待っていたところに(ようや)く戻ってきて、


「お会いくださるそうです」


 おおいに喜んで馬首を並べて行けば、遮られることもなく大ゲルに至る。アステルノは密かに夜営の様子を検分していたが、馬を降りたときに(ささや)いて言うには、


「兵事については完璧(ブドゥン)だ。すばらしい」


「ジョルチン・ハーンの本領はその才略(アルガ)ではない。それに勝る徳にある」


 戸張の前でムジカは(ひざまず)いて、


「臣ムジカ、参りました」


 すると中から現れたのは、義君インジャその人。ムジカはあっと驚いて、


「夜分に宸襟(しんきん)(注1)を騒がせ奉ったことをお(ゆる)しください」


 あわてて平伏すれば、莞爾と笑って、


「堅苦しいことは言わないでよい。さあ、中へ」


 恐縮しながら身を(かが)めてあとに続く。アステルノは何も言わなかったが、インジャが(みずか)ら迎えたことに内心おおいに意表を衝かれる。席を与えられて座すと、すぐに酒食が運ばれてくる。


「超世傑よ、我が部族(ヤスタン)にあってはみな労苦(ガスラン)を分かつ兄弟だ。私も貴公をそのように扱うから、そのように接してほしい」


はい(ヂェー)


 そこでインジャは、ムジカの傍ら(デルゲ)にある偉丈夫(エレ)が、己を射るような目で見ていることに気づいた。


 このことからまた一星の(めぐ)って主星の傘下に投じ、義君の兵勢ついに両翼うち揃うといった次第となるわけだが、まさしく個の義士至れば、衆の英傑陸続と馳せ参ずといったところ。果たして神風将軍は義君に何と言ったか。それは次回で。

(注1)【宸襟(しんきん)】天子の御心。

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