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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
454/783

第一一四回 ②

アステルノ征途に異事を得て蹤迹(しょうせき)

ムジカ夜営に盟友を認めて驚倒す

「何だと!」


 語気荒く制すれば、驚いて息を呑む。


「それは(ウネン)か」


 しどろもどろになりながら、


はい(ヂェー)碧水将(フフ・オス)は軍を(まと)めて投降し、人衆(ウルス)へは北方に難を避けるよう申し送ったとのことで……」


 アステルノはしばらく考え込む。早馬(グユクチ)の男はどうしてよいかわからずに、(アマン)を開けたまま主君(エヂェン)の様子を窺う。


「おい!」


はい(ヂェー)、何でしょう」


「お前の報告はそれだけか」


「……と申しますと?」


 大きく舌打ちすると言うには、


「それが真なら超世傑はどうした。奴の軍が先行したはずだが」


 男は目瞬き(ヒルメス)も忘れて、ただ口籠るばかり。アステルノは眉間に皺を寄せるとこれを追い出して、


「ムジカが健在ならば、オラルだけが降ることなどありえない。ムジカも降ったか、あるいは……」


 俄かに立ち上がると、従者(コトチン)を呼びつけて早口で命令(カラ)を伝える。応じてあわてた幕僚が集まってくる。事の次第を伝えれば、幕僚たちは呆然として言うべき言葉(ウゲ)もない。アステルノは苛立って、


「ここで憶測を述べ合っても始まらぬ。俺は自ら出向いて事実を確かめてくるゆえ、お前らはここで待ってろ」


 幕僚は口々に諫めたが一喝して黙らせる。即座に軽騎三百を選抜して、一刻も経たぬうちに馬上の人となる。


「よいか、俺が帰るまで軽々しく動くな。(ブルガ)が現れたら迷わず逃げろ」


 あとは(ダウン)をかける間もなく馬腹を蹴る。ひとたび動きだせば、草原(ミノウル)一の快足を誇る神風将軍(クルドゥン・アヤ)の軽騎兵、瞬く間(トゥルバス)に遠ざかる。


 アステルノはものも言わずまっしぐらに西方指して駆ける。(ようや)くホンゴル・エゲムに布陣(トイ)の跡を発見して言うには、


「見ろ、敵兵(ダイスンクン)の多さを。これではムジカも支えきれまい」


「いかがなされます?」


「クルチア・ダバアだ。ムジカならそこまで退いただろう」


 休む間も惜しんで馬首を(めぐ)らす。果たしてクルチア・ダバアに至れば、激しい戦闘(カドクルドゥアン)の痕跡を見出す。愕然として、


「うち棄てられた(トグ)はジョナンのものばかりではないか……」


 一人の兵が不審そうな面持ちで、


「あれをご覧ください」


 指差す方向にあったのは青き(ツェンヘル)旗。白菱、すなわち氷塊(モルスン)の意匠が施されている。


「碧水将の旗ではないか。あの二人が揃って敗れたというのか?」


 (いぶか)しく思ってさらに四方を(しら)べれば、ますます混乱して、


「まことに両軍は合流(ベルチル)していたのか? 見よ、イレキ兵の屍がまるでない。旗の数も少なすぎる」


 恐る恐る一人の兵が、


「よもやすでに背叛していて、敵とともに超世傑様を攻めたのでは……」


「黙れ!」


 一喝すれば辺りの空気がびりびりと震える。兵は首を(すく)めて縮みあがる。黙考することしばし、ふと呟いて、


「……謀計にかかったか」


「は、何と?」


「ムジカは敗れた。行くぞ」


 振り返ることもなく馬腹を蹴る。手綱(デロア)()りつつ思うに、


「クルチア・ダバアにあったイレキの旗は敵の偽装だろう。だがそうなるとイレキの民が言っていたことが解らぬ。碧水将はまことに降ったのか……」


 優れた用兵家たるアステルノは確実にジョルチ軍の踏跡(カウルガ)を辿り、さらにハラ・アビドに(ソオル)の跡を見出だした。おおいに驚いて言うには、


「イレキ軍はここで殲滅(ムクリ・ムスクリ)されたに違いない」


 その言葉どおり、イレキ軍の敗北は一目瞭然であった。狭い(モル)を埋め尽くした人馬の屍、うち棄てられた旗や武具は、ことごとく青を基調とした碧水将のもの。アステルノは瞑目して弔意を表す。やがて(ニドゥ)を開けて言った。


「ここでオラルは敗れ、(とら)えられたのだ。……しかしなぜあのオラルがあっさりと降ったのか」


 そこを去ってほどなく、大軍が営していたと思われるところを発見する。その規模は、さすがのアステルノをも慄然とさせるほどであった。察するに兵力は五万を下るまいと思われた。手綱を強く握りしめて言うには、


「四頭豹は敵にこの大軍あるを知っていたに違いない。それでいながら超世傑と碧水将に寡兵しか与えなかった。敵の(ガル)を借りて二人を葬らんとしたのだ。そしてこの俺も……」


 考えるほどに怒り(アウルラアス)が募る。その凄まじい形相に話しかけるものもなく、三百騎は黙々と道を急いだ。

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