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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
453/783

第一一四回 ①

アステルノ征途に異事を得て蹤迹(しょうせき)

ムジカ夜営に盟友を認めて驚倒す

 さて、奇人チルゲイの「火牛の計」により無事に虎口を脱したジョナン氏の人衆(ウルス)は、ついに超世傑ムジカとの再会を果たした。打虎娘タゴサが産んだ(クウ)にはクルチア・スルデル(鋭き吉兆の意)の名が与えられた。一同はおおいに祝福(ウチウリ)する。


 このあと人衆はゾルハンとともにスルデルを戴いて西北へ去った。かつて南征軍が約会(ボルヂャル)したアラクチワド・トグムに赫彗星ソラが迎えにくることになっている。


 マシゲル部ハーン、獅子(アルスラン)ギィは元来中立を宣していたが、それも「チェウゲン・チラウンの盟」を結んだ盟友(アンダ)、ムジカを(おもんぱか)ったからにほかならない。当のムジカが義君インジャに投じた今、助力(トゥサ)するのは当然である。


 残る好漢(エレ)、すなわち超世傑ムジカ、奇人チルゲイ、雷霆子(アヤンガ)オノチ、飛生鼠ジュゾウ、打虎娘タゴサ、白面鼠(シルガ・クルガナ)マルケ、奔雷矩(ほんらいく)オンヌクド、皁矮虎(そうわいこ)マクベン、笑小鬼アルチンの九人は、インジャの待つクフ平原指して駆けた。


 道中は格別のこともなくインジャに(まみ)える。改めてムジカは忠誠(シドゥルグ)を誓い、インジャは彼らをおおいに(ねぎら)った。またチルゲイの智略を(たた)えて、厚く(カリラ)を言えば、


「ハーンにはお褒めの言葉(ウゲ)を賜りましたが、我が大カンにはお叱りを受けそうです。そろそろ自陣へ帰らねば」


 これには一同大笑い。


 ここで現在の状況を説明しなければなるまい。ハラ・アビドで碧水将軍(フフ・オス)オラルを降したあと、好漢たちは軍議を開いてさらに南進することを決した。クフ平原に至った総兵力は約三万五千。


 一方、胆斗公(スルステイ)ナオルおよび花貌豹サチの兵は、これと分かれて西(バラウン)へ向かった。というのも紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカに対している一角虎(エベルトゥ・カブラン)スク・ベクより応援の要請があったからである。


 オラルも加わって兵力は約二万である。そのオラルが言うには、


「紅火将はもとより我が盟友(アンダ)、無益な(ツォサン)を流さぬよう、説いてまいります」


 首尾よくこれを帰投せしめたら、針路を転じて側面より中央(オルゴル)を衝く予定である。


 対する四頭豹ドルベン・トルゲはと云えば、ムジカ、オラルが投降したとの報を受けても動じる気配すらなかった。不敵に笑って、


「ダサンエンめ、己の逡巡がその(アミン)を縮めたな」


 呟くと、使者を送って緑軍(ノゴーン)の出動を命じた。ダサンエンはやむなく麾下の一万騎(トゥメン)を率いて出陣したが、四頭豹の断じたとおりあまりに遅い決断であった。


 また赤軍(フラアン)の将、亜喪神ムカリは先にウヘル(アウラ)で五千騎を一時に失うという大損害を(こうむ)ったが、急いで人衆を徴発して何とか一万騎を揃えた。敗軍の将シャギチは笞刑(ちけい)を得て檻車に押し込まれた。


 四頭豹はダサンエンが発ったあと、全軍をオルド付近に集結させたものの、そのまま待機させた。焦る幕僚に対しては、


「兵法を知らぬものは黙っておれ。そのうち敵軍(ブルガ)は自ら退却するであろう」


 そう(うそぶ)くばかりであった。




 そのころジョルチの第二軍を成すベルダイ氏の軍勢五千騎は、予定どおりに東方を南下しつつあった。帥将はもちろん霹靂狼トシ・チノである。


 先鋒(ウトゥラヂュ)には双璧と称される隼将軍(ナチン)カトラと(えん)将軍タミチを配し、傍ら(デルゲ)には軍師たる長韁縄(デロア・オルトゥ)サイドゥ、後軍(ゲヂゲレウル)石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジという陣容。


 彼らの任務(アルバ)は、東方を広く哨戒して側背をして安全たらしめ、かつヤクマン部の右翼(バラウン・ガル)を脅かそうというもの。


 ところがその方面は、(ウリダ)より神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノが北上中であった。彼らは互いの存在を予測(ヂョン)すらしていない。早晩、壮絶な遭遇戦が展開されるはずであった。


 ここでテンゲリの悪戯によるものか、信じられないことが起こる。


 十分に哨戒し、怠りなく警戒していたにもかかわらず、両軍は出合うことなく擦れ違うのである。いかに草原(ミノウル)広大(ハブタガイ)とはいえ、命運(ヂヤー)の為せる業は測り知れぬもの。両軍はそのまま各々の(モル)()き、そのことに気づくことすらなかった。


 アステルノはオロンテンゲルの山塞を攻めよとの(カラ)を受けて兵を進めていたが、もともと戦意に乏しく、迷い躊躇(ためら)いながら何となく北上していたに過ぎない。その歩みは遅々として進まず、少し行っては休むという有様だった。


 彼の(フル)を止めたのは一騎の早馬(グユクチ)である。ある朝、幕舎(チャチル)でさらに進むべきか退くべきか迷っているところへ到着が告げられる。招じ入れれば平伏して言うには、


「我が版図(ネウリド)(おびただ)しい数の人衆(イルゲン)が通過せんとしたので、止めて尋問したところ、驚くべき事実が判ったので報告に参りました」


「要点だけを述べろ」


 鋭く言えば、恐懼しつつ答えて、


「問い(ただ)しましたところ、その人衆はイレキ氏の民。その言うところによりますと、碧水将がジョルチン・ハーンに降ったとのこと……」

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