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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
450/783

第一一三回 ②

チルゲイ牛山に奇計を尽くして衆庶を(まっと)うし

ムジカ幕営に妻子に(まみ)えて芳名を与う

 四人の好漢(エレ)は、後方で大混乱が起こっているのを察して呵々大笑する。およそ一刻ほども駆けて(アクタ)を止めると、少し休憩して(モル)()える。そこでついてきた馬群(アドゥ)と別れる。チルゲイはおどけて、


「功績一等の栄誉(フンドゥ)は諸君の頭上にこそ輝くだろう。さらばだ」


 最初はゆっくりと、そして次第に速度を上げてウヘル(アウラ)を目指す。チルゲイが言うには、


「急げ、急げ。早く(アウラ)に入らないと」


 マクベンが(いぶか)しんで、


「奴らには馬がない。そう急ぐこともないだろう?」


 振り向いて答えて、


「私は赤軍(フラアン)千騎(ミンガン)しか配されていなかったことが、どうも気になるのだ」


 オンヌクドが聞き(とが)めて、


「どういうことだ?」


「いくら得物を持たぬ弱者ばかりとはいえ、(トゥメン)を超える人衆(ウルス)を抑えるのにたった千騎は少なすぎる。最低でも五千騎は必要だろう」


(ブスクイ)子ども(クウヘド)と見て侮ったのでは?」


 マクベンが言えば首を振って、


「もちろん侮ってはいただろうが、おそらく少し離れた(ガヂャル)で待機している兵があるはずだ。先に馬を失った千騎から報告が届き次第、動きだすだろう。留守陣(アウルグ)を確かめて人衆がいないのを知れば、躍起になって捜しはじめる」


 その言葉(ウゲ)にみな青ざめる。だがチルゲイは笑って、


奔雷矩(ほんらいく)、そういうわけだ。道を(たが)えるなよ!」


(まか)せておけ。奇人殿こそはぐれるな!」


 四騎は矢のごとく夜の平原(タル・ノタグ)を駆ける。果たして彼らがウヘル(アウラ)に辿り着いたとき、まだ追撃の(ガル)は伸びていなかった。オノチとゾルハンに(まみ)えると、互いの情報を交換する。


「なるほど。ジョナンの人衆は、ほぼ至ったのだな?」


うむ(ヂェー)、まだすべてではないと思うが」


 話し合っていると、アルチンが彼方を指して叫ぶ。


「あれを!」


 闇の中に灯火の列が見える。


「来たな……」


 オノチが無表情に呟く。


「配置は?」


 チルゲイが問えば、


「すんでいる」


 簡潔に答える。


よし(サイン)。ならばお迎えするとしようか」


 にやりと笑ってアルチンを(うなが)す。応じて炬火に(ガル)()けると、頭上に掲げて二、三度旋回する。赤軍の兵衆は山中に灯の(とも)るのを見て、急いで上官に報告する。


 何とその一隊を率いていたのは、かつてミクケルの侍臣(オチル)だったシャギチ(注1)であった。少年だった彼も今や身の丈も伸び、一個の壮士(エレ)に成長していた。報告を受けると、迷わず進路をウヘル(アウラ)に向ける。


 待ち受けるチルゲイたちは望見して(はか)って言うには、


(ブルガ)はどれぐらいだろう」


 オンヌクドが答える。


「灯火の数から判断するに、奇人殿の予想(ヂョン)どおり数千といったところか」


「それなら問題ない。悪いが根絶やし(ムクリ・ムスクリ)にさせてもらおう」


 自信満々に言えば、一同笑みを浮かべる。


 何も知らずにシャギチの一隊は山中に入る。道を(しら)べて、(わだち)馬蹄(トゥル)(カウルガ)を確かめれば、ここを通ったのは疑いない。


「よし、行くぞ!」


 勇躍(ブレドゥ)して宣言すれば兵衆も興奮して応じる。しばらく進んでいくと、右手に大きな洞穴が開いている、何げなく(ヌル)を向けた一人の兵が突然叫んだ。


「何か聞こえたぞ!」


 途端に色めき立って入口に群がると、


「出てこい! 逃れられぬぞ!」


 中からは何の返答もない。幾度か呼びかけたが同じこと。


「出てこないなら、出てこさせてやる!」


 兵衆は互いに(うなが)すと、わっと踏み込んでいく。


「奥は広いぞ。この先に隠れているに違いない!」


 それを聞いてさらに何十人かが続く。併せて百人(ヂャウン)ほどが入っていったが、果たして痩せた馬が一頭繋がれているばかりであった。顔を見合わせていると、突如背後でとてつもない大音が轟いた。足許(あしもと)はがくがくと揺れる。


「な、な、何だ!?」


 驚きあわてて駈け戻ってみれば、何と入口が巨大な(グル)(ふさ)がれている。兵衆は恐慌に(おちい)った。泣き叫びつつ岩を退()かせようと試みたが、どうすることもできない。


 これは無論奇人の謀計のひとつである。洞穴におよそ百人が閉じ込められたほか、落とされた岩の下敷きになったものもまた膨大な数に(のぼ)った。

(注1)【シャギチ】四姦(ドルベン・クラガイ)の一、フワヨウの甥。初登場は第七 一回④。ムカリと行をともにした経緯については第七 五回④参照。

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