第一 二回 ①
サノウ祭に至りて策を用いて二士を救い
インジャ塞に往きて理を以て両将を説く
集まった好漢はそもそも五人、インジャ、ナオル、セイネン、ハクヒとサノウであったが、これに飛生鼠ジュゾウを加えて、いよいよコヤンサン救出の策を練ることになった。
すでにサノウの胸宇には計略が成っているらしく、独り頬を綻ばせている。
「先生にはもう秘策があるとお見受けしました。どうか我々にお聞かせください」
インジャが拱手して尋ねれば、答えて言うには、
「まあまあ、あわてずに。まずはジュゾウに事の次第を説明せねば」
セイネンが今までの経緯を話して聞かせれば、ジュゾウはおおいに喜んで助力を約した。そこでサノウが言うには、
「もう少し査べねばならんことがある。策を云々するのはそれからだ」
そしてジュゾウの耳許で何ごとか囁けば、にやりと笑って去る。みなわけがわからず首を捻るばかり。
「ジュゾウが帰ってきたら話そう。それほどたいした策があるわけではないから期待はするな」
結局、その日のうちにジュゾウは帰ってこなかったので、ハクヒなどは疑うことしきり、セイネンに窘められる一幕もあった。
翌朝、門を敲くものがあって、見ればジュゾウであったので喜んで迎え入れれば、首尾は上々とのこと。サノウもおおいに喜んで言った。
「決行は祭の最終日だ。その日は催しものも多く、人出もまた格別。それまではすることもないから祭でも見物してればよい」
「で、いかような計略で?」
ナオルが問えば、サノウはみなの頭を集めて何ごとか囁く。それを聞いて一様に感心したが、それがどのようなものであるかはいずれ判ること。
それから一同はすることもなく、さりとてのんびり祭見物という気も起こらず、ただことの成就を祈っているうちについにその日となった。
陽が暮れてから外に出てみれば、大路には数多の灯が点されて真昼のような明るさ。鉦や太鼓が威勢よく鳴り渡り、ざわめきがここまで伝わってくる。ときどき爆竹の弾ける音がして、その都度歓声が巻き起こる。
草原の好漢たちは圧倒されて立ち尽くす。ナオルが感心して、
「一度ゆっくり見物したいものだな」
それとは対照的にハクヒなどは緊張のあまり声も出ない。
さていよいよ決行である。ジュゾウはすでに手はずのとおり、無頼の徒を指揮して持ち場に着いているはずである。やがてインジャらは二手に分かれて、インジャとハクヒは北へ、セイネンとナオルは南へとそれぞれ去っていった。
半刻ほど後れて、サノウが両手に大きな酒瓶を携えて悠々と出てきた。祭の喧騒などどこ吹く風、おもむろに牢獄を目指す。
門の前では当直の衛兵が三人、恨めしそうに明るい方角を眺めている。そこに飄々と近づくと、
「やあ、ご苦労だな。祭へは行かないのか」
「これはこれは先生。わしらは運悪く今日の当直になっちまってがっかりでさあ。今ごろ大路のほうはえらく賑わってることでしょうねぇ」
莞爾と笑うと、
「今日はお前らが残念がっているだろうと思って、差し入れに来たのだ」
手にした酒瓶を示すと、衛兵たちは大喜びで、
「いやあ、さすがは先生。ここは身体が冷えるし、向こうは大騒ぎだし、どうにもやりきれねえと思っていたところでさあ。これはありがたい、一杯やろうぜ」
とて、わらわらと集まってくる。
「いいのかい、立哨中だろ」
「かまいませんや、少しくらい」
衛兵たちは酒瓶を奪い合っては、直に口を付けて胃に流し込んだ。ひととおり飲んだあとでサノウが笑って言うには、
「おっと言い忘れていたが、その酒は上等の代物で、一杯飲んだだけでも酔っ払ってしまうぞ」
その言葉が終わらないうちに、衛兵たちは折り重なるようにして眠ってしまった。酒の中に薬を混ぜておいたのである。サノウはそれを見届けると右手を挙げた。するとどこに居たのか、ジュゾウがにやにや笑いながらやってきて、
「どうだい? 凄い効き目でしょう」
「見てのとおりだ。さあ、次はお前の番だぞ」
「任せときなよ、先生」
すると手下が幾人も現れて衛兵の懐中から鍵を盗むや、門を開けて中へと消えていった。
ほどなく爆音とともに牢獄から炎が噴き出す。早くも二層建ての上層部にまで火が回っている。中は大混乱に陥ったらしく大騒ぎ。これは火薬や油を用いて大火を起こしたのである。サノウはそれを見ると、満足げに立ち去った。
同時に街の方々で火の手が上がった。すべてジュゾウの配下の仕業。これは役人や衛兵を分散させるためである。
そのころ、牢獄のもう一方の門前ではインジャら四人が合流して様子を窺っていた。衛兵が火事にあわてて一人を残して去ってしまうと、一斉に飛び出す。不運にも独り居残った兵は、誰何する間もなくセイネンが斬り捨て、難なく門をくぐることができた。
セイネンは事前にコヤンサンの牢を確認していたので、迷わずそちらへ向かう。案の定、典獄もみな消火に回ったらしく誰もいない。コヤンサンはインジャらの姿を認めると、瞠目して叫んだ。
「ああ、まさかインジャ殿! 助けに来てくれたんですね!」
「さあ、喜ぶのはまだ早い。まずは無事に逃げることだ」
セイネンが言えば、ナオルが鉄棒で錠を叩き壊す。コヤンサンは涙を流して幾度も礼を言った。また一行は急いでハツチの牢に回り、同じようにしてハツチを救出した。ふらふらと牢を出た長髯の好漢は、
「ああ、無実の身であったのに、これでまったく追われることになってしまった」
嘆じて上天を仰ぐ。コヤンサンはすっかり愧じて頭を下げる。するとハツチは、
「いや、そなたを恨んで言うわけではない。天命を嘆じたのだ」
「さあ、急ごう! 早く出ないとまとめて牢入りだ」
インジャの言葉で一同は我に返り、その場を飛び出した。ほかの囚人もわあわあ助けを乞うたが目もくれない。