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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
45/783

第一 二回 ①

サノウ祭に至りて策を用いて二士を救い

インジャ塞に往きて理を以て両将を説く

 集まった好漢(エレ)はそもそも五人、インジャ、ナオル、セイネン、ハクヒとサノウであったが、これに飛生鼠ジュゾウを加えて、いよいよコヤンサン救出の策を練ることになった。


 すでにサノウの胸宇(オモリウド)には計略が成っているらしく、独り(ハツァル)(ほころ)ばせている。


「先生にはもう秘策があるとお見受けしました。どうか我々にお聞かせください」


 インジャが拱手して尋ねれば、答えて言うには、


「まあまあ、あわてずに。まずはジュゾウに事の次第を説明せねば」


 セイネンが今までの経緯(ヨス)を話して聞かせれば、ジュゾウはおおいに喜んで助力(トゥサ)を約した。そこでサノウが言うには、


「もう少し(しら)べねばならんことがある。策を云々するのはそれからだ」


 そしてジュゾウの耳許(みみもと)で何ごとか(ささや)けば、にやりと笑って去る。みなわけがわからず首を捻るばかり。


「ジュゾウが帰ってきたら話そう。それほどたいした策があるわけではないから期待はするな」


 結局、その(ウドゥル)のうちにジュゾウは帰ってこなかったので、ハクヒなどは疑うことしきり、セイネンに(たしな)められる一幕もあった。


 翌朝、門を(たた)くものがあって、見ればジュゾウであったので喜んで迎え入れれば、首尾は上々とのこと。サノウもおおいに喜んで言った。


「決行は祭の最終日だ。その日は催しものも多く、人出もまた格別。それまではすることもないから祭でも見物してればよい」


「で、いかような計略で?」


 ナオルが問えば、サノウはみなの(テリウ)を集めて何ごとか(ささや)く。それを聞いて一様に感心したが、それがどのようなものであるかはいずれ判ること。


 それから一同はすることもなく、さりとてのんびり祭見物という気も起こらず、ただことの成就を祈っているうちについにその日となった。


 陽が暮れてから外に出てみれば、大路(テルゲウル)には数多の灯が(とも)されて真昼のような明るさ。(かね)や太鼓が威勢よく鳴り渡り、ざわめきがここまで伝わってくる。ときどき爆竹の(はじ)ける音がして、その都度歓声が巻き起こる。


 草原(ケエル)の好漢たちは圧倒されて立ち尽くす。ナオルが感心して、


「一度ゆっくり見物したいものだな」


 それとは対照的にハクヒなどは緊張のあまり(ダウン)も出ない。


 さていよいよ決行である。ジュゾウはすでに手はずのとおり、無頼の徒を指揮して持ち場に着いているはずである。やがてインジャらは二手に分かれて、インジャとハクヒは(ホイン)へ、セイネンとナオルは(ウリダ)へとそれぞれ去っていった。


 半刻ほど(おく)れて、サノウが両手に大きな酒瓶を携えて悠々と出てきた。祭の喧騒などどこ吹く風、おもむろに牢獄を目指す。


 門の前では当直の衛兵(エウデチ)が三人、恨めしそうに明るい方角を眺めている。そこに飄々と近づくと、


「やあ、ご苦労だな。祭へは行かないのか」


「これはこれは先生。わしらは運悪く今日の当直になっちまってがっかりでさあ。今ごろ大路のほうはえらく賑わってることでしょうねぇ」


 莞爾と笑うと、


「今日はお前らが残念がっているだろうと思って、差し入れに来たのだ」


 手にした酒瓶を示すと、衛兵たちは大喜びで、


「いやあ、さすがは先生。ここは身体が冷えるし、向こうは大騒ぎだし、どうにもやりきれねえと思っていたところでさあ。これはありがたい、一杯やろうぜ」


 とて、わらわらと集まってくる。


「いいのかい、立哨中だろ」


「かまいませんや、少しくらい」


 衛兵たちは酒瓶を奪い合っては、直に(アマン)を付けて(ホドウド)に流し込んだ。ひととおり飲んだあとでサノウが笑って言うには、


「おっと言い忘れていたが、その(アルヒ)は上等の代物で、一杯飲んだだけでも酔っ払ってしまうぞ」


 その言葉(ウゲ)が終わらないうちに、衛兵たちは折り重なるようにして眠ってしまった。酒の中に(エム)を混ぜておいたのである。サノウはそれを見届けると右手を挙げた。するとどこに居たのか、ジュゾウがにやにや笑いながらやってきて、


「どうだい? 凄い効き目でしょう」


「見てのとおりだ。さあ、次はお前の番だぞ」


「任せときなよ、先生」


 すると手下が幾人も現れて衛兵の懐中(エブル)から鍵を盗むや、門を開けて中へと消えていった。


 ほどなく爆音とともに牢獄から(ガルチュ)が噴き出す。早くも二層建ての上層部にまで火が回っている。中は大混乱に(おちい)ったらしく大騒ぎ。これは火薬(ダリ)(トス)を用いて大火を起こしたのである。サノウはそれを見ると、満足げに立ち去った。


 同時に(バリク)の方々で火の手が上がった。すべてジュゾウの配下の仕業。これは役人(ドゥシメット)や衛兵を分散させるためである。


 そのころ、牢獄のもう一方の門前ではインジャら四人が合流(ベルチル)して様子を窺っていた。衛兵が火事にあわてて一人を残して去ってしまうと、一斉に飛び出す。不運にも独り居残った兵は、誰何(すいか)する間もなくセイネンが斬り捨て、難なく門をくぐることができた。


 セイネンは事前にコヤンサンの牢を確認していたので、迷わずそちらへ向かう。案の定、典獄もみな消火に回ったらしく誰もいない。コヤンサンはインジャらの姿(カラア)を認めると、瞠目して叫んだ。


「ああ、まさかインジャ殿! 助けに来てくれたんですね!」


「さあ、喜ぶのはまだ早い。まずは無事に逃げることだ」


 セイネンが言えば、ナオルが鉄棒で錠を叩き壊す。コヤンサンは涙を流して幾度も礼を言った。また一行は急いでハツチの牢に回り、同じようにしてハツチを救出した。ふらふらと牢を出た長髯(オルトゥ・サハル)の好漢は、


「ああ、無実の身であったのに、これでまったく追われることになってしまった」


 嘆じて上天(テンゲリ)を仰ぐ。コヤンサンはすっかり()じて頭を下げる。するとハツチは、


いや(ブルウ)、そなたを恨んで言うわけではない。天命(ヂヤー)を嘆じたのだ」


「さあ、急ごう! 早く出ないとまとめて牢入りだ」


 インジャの言葉で一同は我に返り、その場を飛び出した。ほかの囚人もわあわあ助けを乞うたが目もくれない。

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