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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
447/783

第一一二回 ③

ムジカ大義を説いて碧水将を動かし

チルゲイ女子に託して打虎娘を走らす

 さて、みなと別れて(ウリダ)へ向かった奇人チルゲイはどうしたかというと、それはこれからお話しすること。(したが)うは雷霆子(アヤンガ)オノチ、奔雷矩(ほんらいく)オンヌクド、皁矮虎(そうわいこ)マクベン、笑小鬼アルチン、そしてゾルハンの五将、率いる兵は僅か五百騎である。


 彼らは昼は隠れ、夜を待って進んだ。途上、オンヌクドが尋ねて言うには、


「奇人殿はいかなる良策を秘めているのか」


 するとちらりとテンゲリを仰ぎ、(ダウン)(ひそ)めて、


「実はな、奔雷矩。何も考えていないのだ」


「まさか! 揶揄(からか)うのは止めていただきたい」


「揶揄ってなどない。まことに何も考えてない。いや(ブルウ)、正しくは今まさに考えているところだ」


「何と……」


 オンヌクドは怒るよりも呆れてしまう。


「ははは、しかし心配は要らぬ。『窮すれば通ず』と謂う」


「ふざけているときではないぞ」


 すると俄かに表情を改めて、


「おお、どうしてふざけようか! ところで奔雷矩、留守陣(アウルグ)に遠からぬ(ガヂャル)に兵を隠せるところはないか」


「……というと?」


 顧みて五百の騎兵を指すと言うには、


「これではいかにも目立ちすぎる。まずは我らだけで行きたい」


「そういうことなら、そうだな、ウヘル(アウラ)がよいだろう」


「よし、決まった。まずはそこを目指す」


 一行は何ごともなくウヘル(アウラ)に至る。そこは(アウラ)というよりも大きな(ドブン)遠く(ホル)から見ると、たしかに(ウヘル)が伏せたように見える。分け入ってあちこち見回っていたチルゲイは、鞍上で跳び上がらんばかりに喜んで、


「これはいい(サイン)! 我が計は成ったも同然だ!」


 オノチが聞き(とが)めて、


「何も考えていないのではなかったか?」


 (わめ)き散らして言うには、


「今、成った! 今、成った!」


 とりあえず兵衆に設営を命じて、好漢(エレ)たちを集めると、


(チフ)を寄せろ。今からここに(トゥメン)の大軍をも破りうる堅陣を()くぞ」


 みな一様に(フムスグ)(ひそ)めて半信半疑の面持ち。かまわず言うには、


「いいか。敵中を何百里も踏破するのだ。少しばかりの犠牲は心してもらうぞ」


 語るうちに次第にみなの(ニドゥ)は輝きを増し、ついには(ガル)()って感嘆する。その(ウドゥル)はそれぞれ身体を休めて、(ナラン)が昇ると兵衆を指揮して何やら作業を始める。


 三日を費やしてそれが()わると、あとにオノチとゾルハンを残して四人で発つ。幸い途中で遮られることもなく留守陣に辿り着く。手近のゲルを訪ねれば、三十ころの(ブスクイ)がおおいに驚いて、


「オンヌクド様ではありませんか! いったいどうしたんです?」


「詳しい話をしている暇はない。打虎娘のゲルへ案内してくれ」


はい(ヂェー)、ただ今……」


 あわてて出てくると四人を導く。タゴサは留守陣の中央(オルゴル)にゲルを構えていた。戸張(エウデン)をくぐって呼ばわれば、側使い(エムチュ)少女(オキン)があっと声を挙げる。


「私だ、奔雷矩だ。打虎娘はいるか」


 すぐには答えられずにいたところ、(コイマル)から、


「何だい、大声を出すんじゃないよ。聞こえているよ」


 そう言ってタゴサが現れる。ゆったりとした上衣を着けている。


「奔雷矩がここにいるなんてどうしたのさ」


 問いかけながらチルゲイの姿(カラア)を目に留めて、あっと驚く。


「あら、奇人殿じゃないか! いったいどういうこと?」


「ははは、打虎娘、無事で何よりだ。実は火急の用件があって参った」


 チルゲイは快活に言ってここに至る経緯(ヨス)を要領よく話す。聞くほどに気丈なタゴサも目を(みは)る。


「……というわけで、ムジカの意を受けて迎えにきたぞ」


「話はだいたい解ったけど、容易(たやす)いことじゃないよ」


 どんと(オモリウド)を叩いて言うには、


「もとより承知。我が胸中に成策あり、だ」


 するとあれこれ尋ねることなくすぐに答えて、


そう(ヂェー)。じゃあ、奇人殿に(まか)せるさ。何をすればいいの?」


「さすがは打虎娘、話が早い。まずは信頼(イトゥゲルテン)できるものを集めてほしい」


 応じてすぐに側使いを走らせる。呼ばれて来たのは十人(アルバン)ばかりの女と、三人(ゴルバン)老人(ウブグン)、加えて少年(クウ)が一人。


「さあ、集めたよ。次は?」


 チルゲイは彼女たちを見回して幾度も頷くと、


「よし、よし。良い目をしている。さてとまずは……、とその前に確認しておきたいことがある。四頭豹の手のものは近く(オイル)に居るか?」


「南に千騎(ミンガン)ばかり張り付いているよ。赤い旗(フラアン・トグ)を揚げているから、おそらく亜喪神ムカリの兵だ」

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