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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
446/783

第一一二回 ②

ムジカ大義を説いて碧水将を動かし

チルゲイ女子に託して打虎娘を走らす

 オラルはムジカを伴って兵衆の前に立つと、大義を説いてインジャに帰順したことを告げた。


 誰もが驚いて言うべき言葉(ウゲ)も知らぬ有様だったが、もとより自ら考えることができず、常に族長(ノヤン)に従ってきた彼らである。ムジカまで投じたことを聞いて、異を唱えるものがあるはずもない。


 ジョナン氏と同じく留守陣(アウルグ)のことが懸念されたが、オラルは早馬(グユクチ)を送り出すと、笑って言うには、


「我が人衆(ウルス)は、早馬が至れば速やかに移動(ヌーフ)する用意があります」


 一同はおおいに感心する。美髯公(ゴア・サハル)ハツチがそれでも安心できずに、


「どこへ移動するのですか?」


 尋ねれば答えて、


「我がアイルは、八旗軍(ナェマン・トグ)設置に際して、カオロン河岸から西南へ移されました。そのとき密かに多くの家畜(アドオスン)や女子をあとに残してきたのです。何かあったときには神風将軍(クルドゥン・アヤ)版図(ネウリド)を抜けて(ホイン)へ避けることになっています」


 やっとハツチも得心する。イレキの兵衆には得物、軍馬(アクタ)が支給されて(もと)のとおりオラルの指揮下に入った。


 一方、ジョナン軍はまだクルチア・ダバア付近で呑天虎コヤンサンの監視下にあったので、使者を()って合流(ベルチル)させることにした。


 それまでムジカはガダラン氏の兵を率いることになった。すなわち紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカの兵である。これは先に四頭豹の命令(カラ)によって、オラルの援軍として供されたもの。さらに二人は(はか)ってインジャに言うには、


「西方には我らの盟友(アンダ)たる紅火将軍がおります。彼も英王に快く思われておりません。これも説いて帰順させようと思いますが」


 喜んで獬豸(かいち)軍師サノウらに(はか)れば言うには、


「紅火将は、おそらくウリャンハタの一角虎(エベルトゥ・カブラン)スク・ベクと交戦中です。衛天王の意向(オロ)を伺ってからのほうがよろしいでしょう」


 それももっともだったので、ひとまずその件は()き、ウリャンハタ軍を待つことにする。諸将は次の進軍の準備に取りかかり、二人の降将も兵衆の(セトゲル)を安定させるべく意を尽くした。


 (ようや)く花貌豹サチの率いる五千騎が到着する。インジャは諸将を連れて(みずか)らこれを迎える。サチは拝礼して戦勝を祝う。傍ら(デルゲ)の神道子ナユテが、目敏(めざと)くムジカの姿(カラア)を見つけて驚きの(ダウン)を挙げると、


「超世傑ではないか! いったいこれは……」


 ムジカは満面に笑みを(たた)えて拱手すると言うには、


「神道子、久しぶりだな。私はインジャ様の掲げる大義に感じて、その幕下に投じたのだ」


「何と!」


「これにある碧水将(フフ・オス)も、今やインジャ様の忠実(シドゥルグ)(ノガイ)だ」


 ナユテはますます唖然とする。ひととおり再会を祝したあと、インジャの幕舎(チャチル)へ向かいつつサチに言うには、


「インジャ様はやはり並の人ではない。相対したものをことごとく自家の薬籠に納めてしまう。だが、大カンがこのことを知って気を悪くされないだろうか」


「案ずるな。不平を言うとしたらそう、潤治卿か麒麟児辺りだろう」


「心配ないか?」


「ははは。ナユテの思うことくらい、例のジョルチの軍師がすでに考慮している」


 サノウの険しい表情を思い浮かべて、ふふと笑う。


 その後、続々とウリャンハタの好漢(エレ)たちがやってきた。夕刻(ヂルダ)にはコヤンサンも至り、ほとんどのものが(ヌル)を揃えた。この場にいないのは、打虎娘救出に向かった数人だけである。


 居並ぶ好漢は総じて三十二人。


 すなわちジョルチには、義君インジャ、胆斗公(スルステイ)ナオル、獬豸軍師サノウ、百策花セイネン、百万元帥トオリル、美髯公ハツチ、癲叫子ドクト、九尾狐テムルチ、飛生鼠ジュゾウ、吞天虎コヤンサン、白面鼠(シルガ・クルガナ)マルケ、金写駱(アルタン・テメエン)カナッサ、飛天熊ノイエン、霖霪(りんいん)駿驥(しゅんき)イエテン、旱乾(かんかん)蜥蜴(せきえき)タアバ、長旛竿(オルトゥ・トグ)タンヤン、左王ゴルタ、往不帰シャジ、そして新たに降った超世傑ムジカ、碧水将軍オラルの二十人。


 ウリャンハタは、衛天王カントゥカ、聖医(ボグド・エムチ)アサン、潤治卿ヒラト、神道子ナユテ、花貌豹サチ、麒麟児シン、知世郎タクカ、渾沌郎君ボッチギン、矮狻猊(わいさんげい)タケチャク、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)ササカ、娃白貂(あいはくちょう)クミフ、急火箭ヨツチの十二人。


 続く二度の(ソオル)に勝ち、向後の戦略を(はか)る必要があった。ともあれまずは、ムジカとオラルの帰投をウリャンハタに伝える。カントゥカは感心した様子で頷いていたが、ヒラトは瞠目して何ごとか言わんとする。サノウがそれを制して、


「このたびは聖医殿の妙策によって大勝を博することができました。ゆえに獲得したる軍馬、刀槍、鎧甲、糧食(イヂェ)、そのほか諸々の戦利品(オルヂャ)すべてを大カンがお納めください」


 あまりに思いきった提案だったので一同は意表を衝かれる。カントゥカはふむと唸って少し考えたが、やがて言うには、


「実際に戦ったのはジョルチの将兵だ。それでは困るだろう。何も要らぬ」


 またみな息を呑む。ヒラトがあわてて(アマン)を開きかけたところ、また先んじてサノウが、


「それではこちらの取り分が多すぎます。ご再考ください」


 もとよりカントゥカは細かい計算の類が嫌いだったので、(フムスグ)(しか)めて、


「どうすれば双方得心するのだ。折半か?」


「それがよろしいでしょう」


 すまして答えれば、カントゥカも満足した様子。ヒラトは結局黙り込む。ナユテは密かにサチと視線を交わして笑い合う。ことが解決したのでいよいよ軍議へと移ったが、この話はここまでにする。

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