第一一二回 ②
ムジカ大義を説いて碧水将を動かし
チルゲイ女子に託して打虎娘を走らす
オラルはムジカを伴って兵衆の前に立つと、大義を説いてインジャに帰順したことを告げた。
誰もが驚いて言うべき言葉も知らぬ有様だったが、もとより自ら考えることができず、常に族長に従ってきた彼らである。ムジカまで投じたことを聞いて、異を唱えるものがあるはずもない。
ジョナン氏と同じく留守陣のことが懸念されたが、オラルは早馬を送り出すと、笑って言うには、
「我が人衆は、早馬が至れば速やかに移動する用意があります」
一同はおおいに感心する。美髯公ハツチがそれでも安心できずに、
「どこへ移動するのですか?」
尋ねれば答えて、
「我がアイルは、八旗軍設置に際して、カオロン河岸から西南へ移されました。そのとき密かに多くの家畜や女子をあとに残してきたのです。何かあったときには神風将軍の版図を抜けて北へ避けることになっています」
やっとハツチも得心する。イレキの兵衆には得物、軍馬が支給されて旧のとおりオラルの指揮下に入った。
一方、ジョナン軍はまだクルチア・ダバア付近で呑天虎コヤンサンの監視下にあったので、使者を遣って合流させることにした。
それまでムジカはガダラン氏の兵を率いることになった。すなわち紅火将軍キレカの兵である。これは先に四頭豹の命令によって、オラルの援軍として供されたもの。さらに二人は諮ってインジャに言うには、
「西方には我らの盟友たる紅火将軍がおります。彼も英王に快く思われておりません。これも説いて帰順させようと思いますが」
喜んで獬豸軍師サノウらに諮れば言うには、
「紅火将は、おそらくウリャンハタの一角虎スク・ベクと交戦中です。衛天王の意向を伺ってからのほうがよろしいでしょう」
それももっともだったので、ひとまずその件は措き、ウリャンハタ軍を待つことにする。諸将は次の進軍の準備に取りかかり、二人の降将も兵衆の心を安定させるべく意を尽くした。
漸く花貌豹サチの率いる五千騎が到着する。インジャは諸将を連れて親らこれを迎える。サチは拝礼して戦勝を祝う。傍らの神道子ナユテが、目敏くムジカの姿を見つけて驚きの声を挙げると、
「超世傑ではないか! いったいこれは……」
ムジカは満面に笑みを湛えて拱手すると言うには、
「神道子、久しぶりだな。私はインジャ様の掲げる大義に感じて、その幕下に投じたのだ」
「何と!」
「これにある碧水将も、今やインジャ様の忠実な狗だ」
ナユテはますます唖然とする。ひととおり再会を祝したあと、インジャの幕舎へ向かいつつサチに言うには、
「インジャ様はやはり並の人ではない。相対したものをことごとく自家の薬籠に納めてしまう。だが、大カンがこのことを知って気を悪くされないだろうか」
「案ずるな。不平を言うとしたらそう、潤治卿か麒麟児辺りだろう」
「心配ないか?」
「ははは。ナユテの思うことくらい、例のジョルチの軍師がすでに考慮している」
サノウの険しい表情を思い浮かべて、ふふと笑う。
その後、続々とウリャンハタの好漢たちがやってきた。夕刻にはコヤンサンも至り、ほとんどのものが顔を揃えた。この場にいないのは、打虎娘救出に向かった数人だけである。
居並ぶ好漢は総じて三十二人。
すなわちジョルチには、義君インジャ、胆斗公ナオル、獬豸軍師サノウ、百策花セイネン、百万元帥トオリル、美髯公ハツチ、癲叫子ドクト、九尾狐テムルチ、飛生鼠ジュゾウ、吞天虎コヤンサン、白面鼠マルケ、金写駱カナッサ、飛天熊ノイエン、霖霪駿驥イエテン、旱乾蜥蜴タアバ、長旛竿タンヤン、左王ゴルタ、往不帰シャジ、そして新たに降った超世傑ムジカ、碧水将軍オラルの二十人。
ウリャンハタは、衛天王カントゥカ、聖医アサン、潤治卿ヒラト、神道子ナユテ、花貌豹サチ、麒麟児シン、知世郎タクカ、渾沌郎君ボッチギン、矮狻猊タケチャク、蒼鷹娘ササカ、娃白貂クミフ、急火箭ヨツチの十二人。
続く二度の戦に勝ち、向後の戦略を諮る必要があった。ともあれまずは、ムジカとオラルの帰投をウリャンハタに伝える。カントゥカは感心した様子で頷いていたが、ヒラトは瞠目して何ごとか言わんとする。サノウがそれを制して、
「このたびは聖医殿の妙策によって大勝を博することができました。ゆえに獲得したる軍馬、刀槍、鎧甲、糧食、そのほか諸々の戦利品すべてを大カンがお納めください」
あまりに思いきった提案だったので一同は意表を衝かれる。カントゥカはふむと唸って少し考えたが、やがて言うには、
「実際に戦ったのはジョルチの将兵だ。それでは困るだろう。何も要らぬ」
またみな息を呑む。ヒラトがあわてて口を開きかけたところ、また先んじてサノウが、
「それではこちらの取り分が多すぎます。ご再考ください」
もとよりカントゥカは細かい計算の類が嫌いだったので、眉を顰めて、
「どうすれば双方得心するのだ。折半か?」
「それがよろしいでしょう」
すまして答えれば、カントゥカも満足した様子。ヒラトは結局黙り込む。ナユテは密かにサチと視線を交わして笑い合う。ことが解決したのでいよいよ軍議へと移ったが、この話はここまでにする。