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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
445/783

第一一二回 ①

ムジカ大義を説いて碧水将を動かし

チルゲイ女子に託して打虎娘を走らす

 さて、ハラ・アビドで碧水将軍(フフ・オス)オラルを散々に撃ち破って(とら)えたその夜のこと。祝宴の席上、超世傑ムジカが(にわ)かに平伏して帰順を申し出る。言うには、


「ハーンの(ウルドゥ)となり、我が人衆(ウルス)の憂いを、そして世の擾乱(じょうらん)根源(ウヂャウル)を断ちたいと思います」


 居並ぶ好漢(エレ)は、わっと歓声を挙げてインジャとムジカを祝福した。さらにムジカが言うには、


「碧水将軍は我が盟友(アンダ)です。これを説いてハーンに帰順させましょう」


 もちろん許されて、早速百策花セイネンがオラルのもとに案内する。これを迎えたオラルはおおいに驚く。従臣(コトチン)どもを退出させて、二人は対面に腰を下ろす。


「超世傑……。事情(アブリ)はセイネン殿から聞いた」


「そうか。奇人殿が我が留守陣(アウルグ)に向かったことも……?」


 無言で頷く。それを見たムジカは真摯な顔つきで、


「ならばインジャ様の誠心(チン)は君にも通じているだろう」


「……ああ(ヂェー)。驚いている」


 そしてなぜかふっと笑って(ニドゥ)を伏せる。しばらくの無言ののち(ヌル)を上げたオラルは、(ヂスン)の薄い瞳をまっすぐに向けて言った。


「君は、君の(オロ)は……?」


 頷いて、


「今は定まった。ジョルチン・ハーンの(ノガイ)となり、剣となり、(ハルハ)となって人衆の苦難(ガスラン)を除く」


 躊躇なく言い放てば、オラルは瞠目してそれを見返す。何も言わずにいると再びムジカが(アマン)を開く。


盟友(アンダ)よ、(わら)うか? あれほどハーンに忠順(シドゥルグ)だった私が、誰よりも先に翻意したのだからな」


「……いや(ブルウ)


「まあ、聴け。私はハーンには叛いたが、人衆にまで(そむ)いたつもりはない。ヤクマン部六十万の民が仰ぐに相応しい主君(エヂェン)はトオレベ・ウルチではない。いわんや四頭豹においてをや。そう悟ったのだ」


 オラルはやはり何も言わない。ムジカは続けて、


「近年、梁公主と四頭豹が政事を壟断(ろうだん)するようになってから、ますます佞臣がのさばり、世を憂う義士はあるいは殺され、あるいは追われた。長吏バンフウ然り、赫彗星ソラ然り、ついにはハーンの(ティギン)たるダマン様、イハトゥ様以下、諸王ことごとく粛清されてしまった。残ったのはあの妖婦の産んだジャンクイのみという有様だ。これがまともな部族(ヤスタン)姿(カラア)だろうか?」


 その言辞は(ようや)く熱を帯びて、


神風将軍(クルドゥン・アヤ)が先に憂慮したことが現に起こったのだ。私はずっと彼らの軽挙を戒め、自重を(うなが)してきたが、今ここに至ってやっと決心が着いた。先には(ガル)に一片の成算とてなく、智恵も思慮も足りなかったが、今はジョルチン・ハーンを知り、その下に綺羅(オド)のごとく英傑(クルゥド)が集っているのを見た。またその厚情(エルゲン・セトゲル)にも触れた。これで感じるところがなければ、好漢を称することはできぬというものだ」


 オラルはやっと応えて言うには、


「なるほど。たしかにそのとおりだ。君がそこまで考えたのなら、何も言うまい」


「では……」


 すべては言わせずに答えて、


「私も義君にお仕えしよう」


 ムジカとセイネンはおおいに喜んで、うち揃って宴席に戻る。三人の姿を見て、諸将はわっと歓声を挙げる。オラルは進み出て平伏すると、


「碧水将軍オラル・タイハンと申します。浅学非才の身なれど、ハーンのために身命を(なげう)って尽くさせていただきます」


 インジャは莞爾と笑うと、


「面を上げられよ。今宵二人の天下に聞こえた名将を得ることができて、これに勝る喜び(ヂルガラン)はない」


 早速席と酒杯を与える。諸将は代わる代わる挨拶して名乗り、新たな僚友(ネケル)を歓迎する。オラルの(つぶて)に敗れた癲叫子ドクトと九尾狐テムルチも、(テリウ)を掻きつつ挨拶する。ドクトが大仰に(マグナイ)を撫でつつ、


「とにかく痛かったぞ。もう二度と喰らいたくないわい」


「ははは、申し訳ない」


 にこやかに謝すオラルに答えて、


「ま、次は軽く避けてやるがな」


 周囲の好漢はどっと笑う。かくして宴の夜は()け、新たな朝が明けた。

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