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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
444/783

第一一一回 ④

マルケ胸中に甲兵を有して敵営深く

オラル死地に両将を撃つも勇戦(むな)

 幕舎(チャチル)にオラルが連行された。インジャは(みずか)ら立ってその戒めを解き、席を与えた。オラルが驚いていると、


「私がジョルチ部ハーン、インジャです。碧水将軍(フフ・オス)の勇名は遠く聞き及んでおりました。数々の非礼(ヨスグイ)は戦時のこととてご容赦願いたい」


「なぜ、敵将にこのような……」


 インジャに幾度も繰り返されてきた質問である。ムジカのときと同じように誠心(チン)をもって語りはじめる。


「そもそも南征に及んだのは好漢(エレ)たちと争うためではありません。ヤクマン部を滅ぼし、草原(ミノウル)に覇を唱えようと(かく)したわけでもありません。私はただ草原(ミノウル)秩序(ヂャサグ)平和(ヘンケ)あることを願うのみ」


 続けて言うには、


「そこで中華(キタド)と結んで草原(ミノウル)(あや)うくせる禍乱の元凶、すなわち英王トオレベ・ウルチと四頭豹ドルベンを除き、人衆(ウルス)苦難(ガスラン)を払わんとしているのです。そもそも人衆(イルゲン)を害し、財産(オルヂャ)を奪う気など微塵も持ち合わせておりません」


 オラルは困惑しながら、その(ヂスン)の薄い(ニドゥ)でこれを見返す。インジャは言葉(ウゲ)を継いで言った。


「聞けばトオレベ・ウルチは、梁公主に(たぶら)かされて、忠良(シドゥルグ)の臣を(しいた)げ、仁義の士を(おとしい)れているとか。おかげで善心(ツェゲン・セトゲル)あるものは(おそ)れ、奸心(ハラ・セトゲル)あるものが栄えている有様。数多の好漢が苦しみ悩んでいると知って、心を痛めておりました。かくのごとき非道がテンゲリに(よみ)されるはずがありません」


 その表情は曇り、眉間には深い皺が刻まれる。オラルは思わず、そのとおりだと頷きそうになったが(シルスン)を呑み込んで(こら)えると、


「なぜそのような話をされるのですか?」


 するとインジャはその(ガル)を取って、


「願わくば、ともに奸者を討つべく戦っていただきたいのです」


「えっ……」


 すぐには答えることもできないでいると、


「もちろん即答いただかなくて結構です。将軍は陣中にて客人(ヂョチ)としてご滞在いただきます。後日改めてお伺いしましょう」


「もし私が助力(トゥサ)できぬと言ったら……」


 微笑を浮かべて言うには、


「やむをえません。お帰りいただくことになるでしょう」


 またオラルは瞠目して、


「殺さないのですか」


「私は好漢の(アミン)を奪う(ウルドゥ)を持っておりません」


「…………」


 インジャは顧みて、セイネンにオラルを預けた。去り際にふと尋ねて、


「超世傑は……?」


 すると予想(ヂョン)もしなかった答え、すなわち、


「やはり我が陣中に客となっております」


「それはいったい……?」


 セイネンが傍ら(デルゲ)から、


「のちほどゆっくりとお話しいたしましょう」


 そう言ってこれを(うなが)して去る。




 さて論功行賞によって第一の功はトオリル、第二の功はマルケが得た。あとの諸将も功に応じて賞される。


 続く戦勝にみなおおいに喜び、夜営を張って再び祝宴に興じた。初めてムジカも末席に連なったが、どこか浮かぬ(ヌル)。やがて思いきって言うには、


「碧水将軍も捕らえられたとか」


はい(ヂェー)。百策花の陣営(トイ)にいるはずです」


「会って話をしたいのですが」


 インジャは嬉しそうに答えて、


「私はかまいませんが」


 拝謝すると(にわ)かにその場に平伏する。周囲の好漢はおおいに驚いて、一斉に言葉を失う。インジャも目を円くして、


「いったいどうしたのです。将軍、席にお戻りください」


 従わずに叩頭して言うには、


「あれからずっと考えていたのですが……」


 努めて呼吸(アミ)調(ととの)えると、やがて決然と顔を上げて、何と言ったかと云えば、


「願わくばハーンの臣となることをお許しください。奸を滅し、邪を誅する(ソオル)先鋒(ウトゥラヂュ)をお命じください」


 居並ぶ好漢は、おおうとどよめく。インジャが言った。


「将軍、(テリウ)を上げられよ。ご夫人(ウヂン)の安否も知れぬというのに……」


いえ(ブルウ)、我が(オロ)は定まりました。早く正道に還らねばならぬところを躊躇したばかりに、奇人殿や我が僚友(ネケル)を危地に送ってしまったことを恥じています。ハーンの深き水(チェエル・オス)のごとき厚情(エルゲン・セトゲル)を賜りながら、決断が遅れたことをお(ゆる)しください」


「では……」


はい(ヂェー)。ハーンの剣となり、我が人衆の憂いを、そして世の擾乱(じょうらん)根源(ウヂャウル)を断ちたいと思います」


 まず美髯公(ゴア・サハル)ハツチが奇声を挙げて歓喜(ヂルガラン)を表したのを機に、座はどっと盛り上がる。みな席を立ってインジャに祝福(ウチウリ)を述べ、次々にムジカの杯を満たして新たな僚友を歓迎する。ムジカは(ハツァル)を上気させつつ言うには、


「碧水将軍は我が盟友(アンダ)です。これを説いてハーンに帰順させましょう」


 インジャはおおいに喜んでこれを許す。


 このことからまた一士の不善を去って善に附くということになるわけだが、まさしくテンゲリの定めには(あらが)いがたく、宿星(オド)おおいに(めぐ)って主星の下に馳せ来たるといったところ。


 義君の陣容はいよいよ整い、好漢名将まさに綺羅星のごとく相集う。果たしてムジカの説得は功を奏するか。それは次回で。

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