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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
443/783

第一一一回 ③

マルケ胸中に甲兵を有して敵営深く

オラル死地に両将を撃つも勇戦(むな)

 さて、ついにオラルは幕僚や兵衆を叱咤しながらハラ・アビドに(フル)を踏み入れた。(モル)は細く、起伏は激しく、視界は暗く、疲労も募るばかり。蛇行する隘路(あいろ)を上下するうちにさすがのオラルも(アミ)が上がる。ふと思うに、


「このような地勢で伏兵に襲われたら終わりだな。前後左右、どこにも逃げられぬ……」


 その考えに自ら慄然として(ニドゥ)を見開く。


「まさか……!」


 あわてて振り返ると、


「ものども、急げ! 全力で駆け抜けるのだ!」


「む、無理を言わないでください。これ以上急ぐなんてできるわけが……」


 幕僚の抗議は中途で遮られた。突如、万雷(アヤンガ)のごとく銅鑼が轟きわたったのである。動揺する間もなく、わっと大喊声が巻き起こって彼らを包み込む。


 狼狽(うろた)えて辺りを見廻せば、見慣れぬ旗幟(トグ)がどっと林立する。前の道にも、後ろの(ドブン)にも、左の(ヂュブル)にも、右の(ゴド)にも一分の隙とてない。


「ジョルチか……。謀られた……」


 オラルはすっかり青ざめて、すぐにはどうすることもできない。兵衆からは絶望の悲鳴が挙がる。まるでそれを合図にしたかのように干戈のきらめきが無数に群がり起こり、数多の伏勢が殺到した。


「む、迎え撃て!」


 千人長(ミンガン)たちの絶叫が方々で起こったが、言った当人も命令(カラ)が実行されるとは思っていない。たちまち突き入られて戦列(ヂェルゲ)は千々に寸断される。イレキの兵衆は抵抗する術も気力もなく、片端から(たお)れていく。


 佇立するオラルにも敵騎が迫る。繰り出された(ウルドゥ)を素早く(かわ)す。腰の(ふくろ)にさっと(ガル)を入れて一閃すれば、敵騎はひと声叫んで落馬する。すなわちこれぞ碧水将軍(フフ・オス)異能(エルデム)(つぶて)の妙技であった。


 自失している暇もなく、オラルはやむなく叉を手に応戦する。すでに(ソオル)の全貌は知らず、ただ眼前の(ブルガ)を突き伏せるばかり。


 イレキ軍を襲ったのは選び抜かれたジョルチの精鋭一万騎(トゥメン)。率いるはすなわち胆斗公(スルステイ)ナオル、百策花セイネン、百万元帥トオリル、癲叫子ドクト、九尾狐テムルチ、白面鼠(シルガ・クルガナ)マルケの六将。


 陣頭に立って口々に投降を呼びかければ、イレキの将兵はすでに(あらが)いがたく、次々と得物を棄てて(アクタ)を降り、恭順の意を示す。


 だが一角で激しく抵抗するものがあった。それはもちろんオラル直属の部隊。自然、ジョルチの好漢(エレ)たちはそこに集まる。今や得物を持って馬上にあるのは僅か百騎(ヂャウン)を数えるのみである。


 ジョルチ軍はこれを囲んで()し潰そうと試みたが、オラルの驍勇はそれを()ね返し、礫と叉で瞬く間(トゥルバス)屍の山(ウクレン・アウラ)を築く。


 テムルチが陣頭に躍り出ると、


「俺に(まか)せろ! こいつも俺が(とら)えてくれるわ!」


 トオリルが叫んだ。


「礫に気をつけろ!」


 しかし(チフ)に入らない。剣を(かざ)して猛然と突っ込む。


 オラルはそれをきっと睨むと、右手はすでに礫を(つか)んでいる。気合い一声、狙いは(たが)わずテムルチの(マグナイ)を打つ。身を避ける暇もなく、あっと()()って落馬、あわてて兵卒がこれを守って退く。


 トオリルは、やはりと舌打ちする。その脇をまた一将が憤然として駆け抜ける。見ればドクト、何やら(わめ)き散らしながら(ヂダ)を振り回す。


「待て、癲叫子!」


 かたやオラルも叉を抱えて馬首を向ける。両騎は馳せ違いざまに得物を繰り出すが、互いに空を斬る。


 ドクトは馬を返すとともに必殺の一撃をもってせんとしたが、その目にオラルが礫を飛ばそうとしているのが見えたので、さっと鞍上に身を伏せる。その頭上を(かす)めて礫が飛び去る。


「ははは、わしは九尾狐とは違うわい!」


 身を起こした途端、第二撃にこれも額を打たれて落馬する。


 ジョルチ軍はオラルの武技を恐れて、これを遠巻きにする。その隙に僅かな手勢を(まと)めて逃走(オロア)を試みる。


 トオリルがさせじとばかりに叫んで、


「射よ、馬を射よ!」


 応じて矢の(クラ)がこれを襲う。巧みに手綱(デロア)を操り、また叉でこれを叩き落としていたが、やがてたまらず馬は(カア)を折る。


 (コセル)に投げ出されたところに兵が殺到して、すかさず鉤縄(ボゴイル)馬捕竿(オオルガ)の類で(から)めとる。さしもの碧水将もいかんともしがたく、無念の(ほぞ)を噛む。マルケらが来て、これを縛り上げる。オラルはふとその(ヌル)を見て驚愕すると、


「お前は! ムジカの使者ではなかったのか」


 拱手して答えて言うには、


「欺いて申し訳ありません。私はジョルチン・ハーンの臣にて白面鼠マルケというものでございます」


 オラルは言い争う気力もなくなり、黙ってあとに従った。


 結局、ハラ・アビドにおける奇襲は、捕虜一万を得る圧勝に終わった。ジョルチ軍の損害は軽微だった。礫に打たれたドクト、テムルチも軽傷ですんだ。


 本営(イェケ・ゴル)で待つインジャの下に諸将は続々と凱旋した。すぐにタクカをして友軍(イル)にこれを報せる。サノウらの布陣(バイダル)は万全で外へ逃れた兵はなく、サチらの手を(わずら)わせることもなかった。

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