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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
441/783

第一一一回 ①

マルケ胸中に甲兵を有して敵営深く

オラル死地に両将を撃つも勇戦(むな)

 奇人チルゲイはジョナン氏の好漢(エレ)たちとともに、打虎娘タゴサらを救うべくその留守陣(アウルグ)へと発った。


 そのあとで飛生鼠ジュゾウが帰ってくる。気になるウリャンハタ軍の戦況を問えば、まだ交戦中とのこと。イレキ氏の族長(ノヤン)碧水将軍(フフ・オス)オラルの巧妙な戦術によって、一度は麒麟児シンが破られるほどの苦戦であった。


 憂色を浮かべるインジャらにジュゾウが言うには、


「実は聖医(ボグド・エムチ)殿から計略を預かってまいりました」


 獬豸(かいち)軍師サノウは、頷いてこれを(うなが)す。応じて小声で、


「聖医殿も軍師と同じようなことを言っておりましたよ。碧水将は、超世傑殿が敗れたことをいまだ知りません」


 そこで、ムジカ当人がいることに気づいて、はっと(アマン)(つぐ)む。視線を走らせれば、ムジカが(さと)って、


「私はまだハーンにお仕えすると決まった身ではありません。席を外しましょう」


 美髯公(ゴア・サハル)ハツチに伴われて去る。それでもさらに(ダウン)を低くして、


「そこで……」


 アサンの計略を詳しく語れば、サノウはおおいに頷いて、


「まさに私の考えたものと同じ(アディル)だ。ジュゾウ、ご苦労だがまたウリャンハタの(トイ)へひと走りしてもらいたい」


「それはかまいませんが」


「大カンに、聖医殿の計略、しかと承ったと伝えよ。今からジョルチ軍は聖医殿のお考えのままに動く」


承知(ヂェー)


 ジュゾウが去ると、インジャに向かって、


「碧水将は確実に敗れましょう」


 ジョルチ軍はすでに疲れも癒え、気力は盈溢(えいいつ)せんばかりであった。進発の(カラ)を受けて意気揚々と騎乗すると、胆斗公(スルステイ)ナオルを先頭(ウトゥラヂュ)に陣を払う。


 吞天虎コヤンサン率いる三千騎が残って、ジョナンの捕虜を監視する。ムジカは中軍(イェケ・ゴル)に留め置かれ、行をともにすることになった。


 一日進んだところでジュゾウが知世郎タクカを伴って帰ってきた。インジャはこれを接見すると喜んで言うには、


草原(ミノウル)に知らぬ(ガヂャル)なし、と称される知世郎殿ですね」


 タクカは恭しく拝礼する。傍ら(デルゲ)から百策花セイネンが言った。


「知世郎殿は地理に通暁しております。聖医殿の計を成すべき戦地を知らせに来られたのです」


はい(ヂェー)。戦うべき地は、ここより南西百二十里にある『ハラ・アビド(黒い肋骨の意)』なる(ヂュブル)でございます。かの地はまさに天井(てんせい)、天羅と謂うべき地勢にて、いかな碧水将とて逃れる術はありますまい」


「よくぞ教えてくれた。では直ちにかかるとしよう」


 タクカが退くと、白面鼠(シルガ・クルガナ)マルケを指名して言うには、


概要(トブチャアン)は先に話したとおりだ。(たの)んだぞ」


「お(まか)せください」


 マルケはすぐに去る。どこへ行ったかはすぐにわかること。




 さて、アサンの計略のことなど知る(よし)もないオラル・タイハンは、寡兵にて善く戦っていたが、兵馬の疲労は(おお)うべくもない。


 またムジカの行方も(よう)として知れなかったので、しきりに援軍を催促した。だがともに(ブルガ)に当たるはずだった緑軍(ノゴーン)のダサンエンは、言を左右にして応じない。


「あの奸臣め。部族(ヤスタン)よりも己が大事と見える」


 日ごろは冷静なオラルも、(ニドゥ)(いか)らせて吐き捨てた。(マグナイ)にある文字(ウセグ)のごとき(あざ)がくっきりと浮かび上がる。狼狽(うろた)えるばかりで何の方略もない幕僚を顧みて溜息を()くと、


「……ともかく超世傑と合流(ベルチル)を果たさねばならぬ」


 と、ちょうどそこへムジカから早馬(グユクチ)が来たとの報せ。オラルはぱっと愁眉を開くと、これを招き入れて言うには、


「おお、ムジカは無事であったか。心配していたぞ」


「超世傑様の麾下でゾルハンと申します。ジョルチ軍と激しく戦い合って(カドクルドゥクイ)おり、連絡の遅れた(ウダル)ことを深くお詫びいたします」


「なるほど。ジョルチの(トグ)を見ないとは思っていたが。……それでムジカは何処に?」


 ゾルハンと称した白面の将は答えて言った。


「東方三百里、オルグ・ヤス台地に拠っております。至急、兵を動かして敵軍の後背を衝いていただきたいとのことです」


よし(ヂェー)、わかった。直ちに赴こう」


 即断して全軍に命を下す。白面の将は拝謝してすぐに駆け去ったが、誰あろう、これこそ黄金の僚友(アルタン・ネケル)の一人、白面鼠マルケであった。

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