第一 一回 ④ <ジュゾウ登場>
サノウ二たび牢獄を訪れて好漢を知り
インジャ一たび諸士を率いて賢者に見ゆ
ナオルが尋ねて言った。
「ハツチ殿にご家族は?」
「両親が健在だ」
「もし牢を破れば、ご両親もただではすみますまい」
眉を顰めつつ答えて、
「それはハツチともども草原に連れていくしかない」
「得心していただけるでしょうか」
「ハツチには私から話しておく。両親は牢破りより先に連れ去るほかあるまい」
一同は等しく胸を痛めたが、ほかに良い思案もない。サノウが言うには、
「これも運命、しかたあるまい」
そのあとは主客分かれて酒を酌み交わし、親交を深めたが、くどくどしい話は抜きにする。
翌日、サノウとセイネンは、ともに牢へと赴いた。セイネンは装いを改め、サノウの弟子といった体である。
事前に諮って、コヤンサンには会わず、ハツチだけに事情を告げることにした。というのも、単純なコヤンサンに知らせてことが破れるのを恐れたのである。
ハツチはセイネンを紹介されて事情を説明されると、当初は頑として拒絶した。サノウから懇々と説かれてついに街を捨てる肚を固めたが、嘆じて言うには、
「ああ、わしは何という不孝ものだ。己の不明から街を捨てることになるなんて……。何とお詫びすればよいか。草原の暮らしは厳しいと聞く。わしの老いた親が堪えられるだろうか……」
「諦めろ。インジャ殿はお前を決して粗略には扱わぬだろう」
セイネンもまた口を極めてこれを説いたので、漸く平静を取り戻す。日が決まったらまた知らせることにして別れを告げた。帰途、セイネンが言うには、
「ハツチとやら、風貌を見ても並のものではないな」
サノウはあまり興味がなさそうな調子で、
「まあ、役には立つだろう。ここでは市の役人などしておったが、本来は経綸の才がある男だ」
セイネンはおおいに感心していたが、ふと話題を転じて、
「ところで、あの牢獄。破るのは至難の業と見たが、どうだ?」
「それはそうだ。易く破れる牢などない」
あれやこれや話しながら歩いていると、前方から小柄な人物が近づいて声をかけてくる。サノウは立ち止まると言った。
「おお、ジュゾウではないか」
その人となりはと言えば、
身の丈は七尺足らずも、目には異様な光を湛え、口は薄紅を引いたがごとく、胸板は盛り上がって鎧のごとく、身のこなしは林間の猴を思わせる異形の人物。
セイネンはただものではないと直観して、
「あれは誰だい?」
「オガサラ・ジュゾウというもので、表向きは建具屋などしているが、裏では巷の好漢と交わり一目置かれている。身が軽い上に数多の異能を備えているところから世間では『飛生鼠』もしくは『五技鼠』などと渾名されている」
「へへ、あんまり煽てないでくださいよ。先生に渾名を呼ばれると何だか背中が痒くならあ」
すると俄かにサノウは手を拍って、珍しく満面に笑みを浮かべた。
「そうだ、お前がいれば容易にことは成るぞ」
ジュゾウは何か感づいたらしく、にやりと笑うと、
「困ってることがあれば何でもするぜ。建具屋よりそっちが本業なんだ」
「じゃあ、すぐに私の家に来てくれ」
「ほっほ、珍しい。先生が自ら人を招くなんて」
連れ立って帰って、ひととおり挨拶をすませると、サノウが言うには、
「これからことを諮るわけだが、ジュゾウの手を借りられるなら、何も案ずることはない」
その胸宇にはすでに計略が成っているようである。まさに一朝人に遇えば事態は好転し、人の力がなければいかなる計略も為しがたいといったところ。さてジュゾウの手を借りて為す計略とは何であるか。それは次回で。