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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
439/783

第一一〇回 ③

マクベン奇人を面罵して衷心を吐き

インジャ降将に憐察して仁慈を賜う

 ムジカはおおいに驚いて、


「えっ、……今、何と!?」


「打虎娘を取り戻すぞ! いや(ブルウ)、兵衆の家族(ゲルブル)ともども逃がしてやろう!」


 勢いにやや押された様子で言うには、


「そ、そんなことができるのか。もしそれがかなえば、私とて迷わぬ。しかしそこまで(たの)むのは……」


いや(ブルウ)、決めた! 四頭豹の手法、気に入らぬ。ならばそれを頓挫せしめるのは痛快であろう。そうとなれば早速、インジャ様の了承を得よう」


 チルゲイはみなを()き立てると、呆然とするハツチをあとにして外に連れ出す。わけのわからぬままにムジカは(ガル)を引かれて歩く。はっと我に返ったハツチが追ってきて、


「無理を言うな、わしがハーンに(とが)められる」


「何だと! 『義を見て()ざるは勇なきなり』だ。ハーンには私から申し上げる」


「そうはいかぬ。わしも参る」


 果たしてインジャはまだ起きていた。衛兵(ケプテウル)を押し退()けると、いきなり戸張(エウデン)をくぐって躍り込む。


「インジャ様! 夜分にすみません。お話がございます」


「奇人殿ではないか。何ごとだ、騒々しい」


 ちょうど獬豸(かいち)軍師サノウと軍政に関して話しているところだった。背後には飛天熊ノイエンの巨躯がある。(フムスグ)(しか)めるサノウにはかまわず歩み寄ると、ムジカらを指して事の顛末(ヨス)を語る。そして、


「……というわけでムジカや兵衆の家族を救わんと思うのです。その憂いさえなくなれば、彼らはハーンにお仕えすると申しております」


 思わずサノウと(ヌル)を見合わせると言うには、


「たしかにそうなればよいが、方策はあるのか?」


 チルゲイは得意そうに(オモリウド)を叩くと、


「ご心配なく。万事ここに」


 インジャはううむと唸って、その顔を覗き込むと、


「何が必要(ヘレグテイ)か?」


「おお、さすがは義君! ご助力(トゥサ)いただけますか!」


 傍ら(デルゲ)のサノウがややあわてて、


「お待ちください! この忙しい(ザウグイ)ときにいったいどういう……」


 たちまち制して、


「軍師、ともかく奇人殿の意見を聞いてみよう」


「ハーンがそうおっしゃるのならば……」


 やむなく(アマン)を閉ざす。チルゲイはひとつ咳払いすると言うには、


「今が南征の最中であることはもちろん承知しております。多くは望みませぬ。できますれば(アクタ)を数頭、それから好漢(エレ)を一人お貸しいただきたい」


 呆気にとられて、


「それだけでよいのか?」


はい(ヂェー)。それとこれは重要なことですが、超世傑をしばらく私に預けてください。必ずともに戻りますので」


 インジャはすぐには返す言葉(ウゲ)もない。サノウが呆れかえって、


「おい、自分が何を言っているか解っているのか? 超世傑殿は、こう言っては悪いが捕虜の身だぞ」


「解っている。こればかりは信じてもらうよりない」


「君が約しても意味はない。もとより私とて超世傑殿の信義に厚いことを疑うわけではない。私が言わんとしているのは、ジョナンの人衆(イルゲン)がこれを留めて返さぬかもしれぬということだ」


 そこでムジカが進み出て言うには、


「お待ちください。奇人殿、無理を言ってはいけない」


「無理なものか、このままではいずれにせよ打虎娘らは四頭豹の手にかかるぞ。君の(クウ)もともに……」


 インジャがはっとして、


「子とはどういうことだ」


 マクベンが進み出て言った。


族長(ノヤン)夫人(ウヂン)は御子を宿しておいでです」


 その言葉にインジャはおおいに(セトゲル)を動かされる。なぜなら彼の(エメ)、すなわちアネク・ハトンも、妊娠して山塞で待っているからであった。


「わかった。超世傑殿を信じて帰還を認めよう」


「ハーン!」


 サノウが鋭い声(クルチア・ダウン)で制したが、首を振って、


よい(サイン)。ほかにも必要なものがあらば遠慮せず言うがいい。兵でも将でも何でも」


 チルゲイは少し思案していたが、やがて言った。


「ではひとつ。降兵のうち五百騎ほどお借りします。あとは何も要りません」


「よろしい。では成功を祈っている。ムジカ殿、また(まみ)えることを楽しみにしておりますぞ」


 ジョナンの好漢たちはインジャの差配に感動して幾度も拝礼する。しかしその直後のムジカの言葉には誰もが驚いた。何と言ったかといえば、


「私はここに残ります。留守陣(アウルグ)には奔雷矩(ほんらいく)皁矮虎(そうわいこ)、笑小鬼とゾルハンを()ってください」

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