表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻八
433/785

第一〇九回 ①

ムジカ陣を払って九尾狐大功を成し

インジャ義を説きて断事官秘画(ひかく)を弁ず

 さてジョルチ軍を迎え撃った超世傑ムジカは、歩卒を巧みに用いてジョンシの宿将シャジを負傷せしめた。その後、(ソオル)は膠着状態に(おちい)る。そこで「紅き隷民(アル・ハラン)」を率いるゾルハンの進言を容れて、友軍(イル)(もと)めることにした。


 笑小鬼アルチンの援護(トゥサ)により首尾よく敵陣を突破したゾルハンは、碧水将軍(フフ・オス)オラルに会うべく草原(ケエル)へと繰り出した。


 幾日か経て、斥候(カラウルスン)が紅き隷民の帰還を告げる。ムジカたちは狂喜して反攻せんと(モル)を下った。またイレキ軍とジョルチ軍の間で戦闘(カドクルドゥアン)が始まったことも伝わる。兵衆の士気は俄然高まった。


 なおも進んでいけば、濛々と舞い上がる砂塵、入り乱れる(トグ)などが視界に入る。期せずして兵衆はわっとどよめく。


 ジョルチの旗幟の動きから判ずるに、その戦列(ヂェルゲ)はおおいに乱れ、逆に碧水将の青い(ツェンヘル)旗は整然と押しているようである。ムジカは顧みて高々(ホライタラ)と右手を挙げると、


「我らの勝利は疑いないぞ! 全軍突撃!」


 応じて一万騎(トゥメン)の騎兵は、喊声を挙げて駆けだす。真っ先に飛び出したのは皁矮虎(そうわいこ)マクベン。(ヂダ)を構えてまっしぐらに突っ込んでいく。


 すでに追いまくられていたジョルチ軍は、後背からの攻撃に為す術もなく蹴散らされたかのように見えた。旗は倒れ、馬蹄(トゥル)に踏み(にじ)られる。ムジカもあとに続いて(アクタ)を駆っていたが、ふと疑念が生じて、


「おかしい。敵軍(ブルガ)(すくな)いような気がする……」


 よくよく見れば、旗の数に比べてあまりにも敵兵が寡い。さらに奇異なことには、あれだけ乱戦を繰り広げていながら道に伏したる人馬の屍がほとんどない。俄かに青ざめると、力いっぱいに手綱(デロア)を引いて、


「しまった、罠だ!」


 しかしすでに遅く、兵衆は勢いよく道を下って砂塵の中へ突入している。と、突然、鼓膜を破らんばかりに銅鑼が轟く。驚いて周囲を見回していると、前方からわあっと悲鳴が挙がる。


 はっとして見遣(みや)ったが、何が起こっているか判然としない。呆然としていると一騎の兵があわてて駆けてきて、


「碧水将軍の兵が、突如我が軍に攻撃を……」


 我に返ると怒鳴りつけて言うには、


違う(ブルウ)! 欺かれたのだ。それはジョルチ軍の偽装だ!」


 舌打ちして退却を命じようとしたところ、また銅鑼が鳴り響いて(チフ)(おお)う。それはまるでジョナンの兵衆の(オロ)を挫かんとするかのよう。


 その銅鑼の音も消え去らぬうちに、さらに驚愕するべきことが起こった。道の左右に(にわ)かにジョルチの旗が現れる。伏勢である。初老と見える武将がさっと(ガル)を挙げるや一斉に火矢が放たれる。


 ジョナン軍はたちまち大混乱、逃れようにも道は狭隘、互いにぶつかり押し合っている間に恐慌が増すばかり。中には味方(イル)の馬蹄にかかるものまでいる有様。


 さらにその将、すなわちタロト部のゴルタが手を振るえば、次々と岩石(グル)が投下される。あるいは頭蓋(テリウ)を割られ、あるいは(ムル)を砕かれ、ばたばたと倒れ伏していく。


「おお、何ということだ……」


 ムジカは眼前の光景に我を失い、恐怖に震えた。傍ら(デルゲ)に馬を寄せた奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドがやはり蒼白な(ヌル)で言った。


族長(ノヤン)、ここは危険(アヨール)です。お退きください」


「あ、ああ」


 やっと答えると、のろのろと馬首を(めぐ)らす。オンヌクドが大声で、


「退却、退却!」


 すでに軍は分断されて支離滅裂となっていた。命令(カラ)は末端まで届かず、多くの兵が現状を信じられぬままに死んでいった。


 先頭で友軍と思っていた相手からいきなり攻め立てられたマクベンは、まだ馬上にあって奮戦していた。彼自身も何が起こったのかさっぱり判っていなかったが、ただ群がる敵に得物を振るうばかり。


 そこへ一騎の将が近づいて言うには、


「おお、名のある将と見た! おとなしく得物を棄てるがいい」


「何奴だ!」


 問えば、決然と(チェエヂ)を反らして答える。


「ジョルチにその人ありと(うた)われた癲叫子ドクトとは俺のことよ」


 かっとして言い返して、


「そんな奴は知らぬ!」


「な、何だと……。来い!」


 マクベンは槍を抱え直して新たな敵人(ダイスンクン)に突きかかる。かたやドクトの得物も一条の槍。咆哮を挙げて迎え撃つ。


 両個の槍が交錯して火花を散らす。二合、三合と打ち合ったが、やがてドクトの(エルデム)が上回った。


 退くことを知らぬマクベンが敢然と打ちこんできたきたのを軽く(かわ)すと、伸びきった柄を下から()ね上げる。たまらずマクベンは手を放し、得物は天空高く飛んで落ちる。


「喰らえ!」


 癲叫子の手が一閃、皁矮虎はわっと身を伏せたが、狙いはもとより馬に在り、前脚(カア)を叩き折ればどっと崩れる。マクベンは(コセル)に放り出された。どっと兵が群がってたちまちのうちに縛り上げる。


「ええい、殺せ! 殺せ!」


 おおいに(わめ)いたが、


本営(イェケ・ゴル)に連れていけ。手荒に扱ってはならぬ」


 ドクトはまた新たな敵を(もと)めて戦場に分け入る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ