第一 一回 ③
サノウ二たび牢獄を訪れて好漢を知り
インジャ一たび諸士を率いて賢者に見ゆ
一方、インジャら四人は神都へ急行しつつあった。例によって道中は飢えては喰らい、渇いては飲み、暮れては休み、明ければ発つというお決まりの行程。
格別のこともなく渡し場に着いたのがちょうど祭の初日。早くも四方からやってくる人でごった返している。何とか適当な舟を見つけて乗り込む。
「若君、この人の量はどうです。少々不安になってきましたぞ」
「ハクヒ、人が多いほうがことは成りやすい」
「タムヤではここまで人が集まることはありませんでしたからな」
「今から心細いことを言うな。まだ祭の初日、これからもっと増えるぞ」
そしてセイネンを顧みて、
「ところでセイネン、とりあえずどうするのか」
「はい、まずはサノウを訪ねようと思います」
「こんなことなら始めから我々が行けばよかったんだ」
ナオルがぼやいて、みなが笑った。しかし内心はいずれも不安で兢々としていたのは言うまでもない。さて河の上ではさしたる騒ぎもなく渡河を終えると、一行はセイネンの案内で人波を掻き分けて裏通りへ入った。
「こちらを通れば人もいくらか少ないでしょう」
やがておなじみのサノウ邸に着く。セイネンが辺りを見回して門を敲いた。留守かと思われるくらい敲き続けて、漸く人の声。
「誰だ」
「私を覚えているか。キャラハンのセイネンが参ったぞ」
少しく沈黙したのち、
「セイネンだと? ちょっと待て、今開ける」
鍵が外されて門が開く。セイネン独りかと思いきや四人も立っていたので多少驚いた様子。
「何だ、大勢で」
「事情は中で話すから、とりあえず入れてくれ」
サノウはしぶしぶ四人の好漢を招き入れる。客間に入って席が決まると、セイネンは早速口を開いて、
「実は神都の牢に、仲間が一人囚われている。我々はこれを救い出すべく危険を冒してやってきたのだ。祭のうちに何とかしようと思うのだが、それまでこちらに泊めてもらいたい。できれば知恵を拝借できればなおよいのだが」
すぐにコヤンサンのことだと察したが、知らぬ顔で、
「待て待て、事情が解らん。そいつは草原の民だろう。なぜ街で捕まる。そもそもいきなりやってきて宿も知恵も貸せと言うのは礼を失しておろう」
非礼を詫びつつ、
「では順を追って話そう。こちらはジョルチ部フドウ氏族長のインジャ殿。私は氏族四散のあと、インジャ殿に拾われて義弟として遇してもらっている。隣がジョンシ氏族長ナオル殿、そしてフドウのハクヒ殿」
三人はそれぞれ立ち上がって拱手する。サノウも一応返礼した。
「我々は草原が乱れているのを憂えて、上天に替わって道を行おうとしている。そこで君の話を義兄にしたところ、是非招いて志をともにしたいとの仰せ。初めは私が自ら来るつもりだったのだが、ズラベレン氏族長のコヤンサンというものが、どうしても行くとて聞かなかったから、やむをえず彼を送り出したのだ」
サノウは爪を噛みながら黙って聞いている。そこでさらに続けて、
「ところがその男は生来の酒乱で、飲むなと戒めたにもかかわらずそれを破り、神都を騒がすほど暴れて捕まったとか。やむなく我々が遠路彼を救いに馳せつけた、とまあこういうわけなんだが」
サノウはじっと動かない。その目はじっとインジャを注視している。インジャは知ってか知らでか悠然と座っている。
「おい、聞いているのか」
応じておもむろに口を開くと、
「ふうむ、牢破りか。難しいな。さて、いかがいたそう」
セイネンはおおいに喜んで、
「おお、知恵を貸してくれるか!」
何がサノウを動かしたかといえば、
「そちらのインジャ殿とやら。その相を看るに、眼に炎あり、頬に光ある異相。きっと大事を成す方と見た。ここで手を貸しておくのも悪くないだろう」
それを聞くと言うには、
「いえ、私はそれほどのものではありません。乱世を憂えているだけの小人、大事を成すなどと買いかぶってはいけません」
「まあまあ、何はともあれサノウが協力してくれると言うのです。謙遜はあとになさい」
四人は立ってサノウに謝すと、サノウもまた先より丁寧に返礼した。再び着席すると言うには、
「実はコヤンサンのこと、とうに承知している。それに連座して私の知己が牢に入れられている。ハツチという男だが、彼もともに救い出してほしい」
これを聞いて交々謝ったが、それが終わるとセイネンはこれを軽く睨んで、
「もちろんハツチ殿も救出する。それにしても知っているなら知っていると先に言うがいい。要らぬ手間を取らせおって」
「いろいろと思うところがあるのだ」
しかしそれについては語らない。