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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
429/783

第一〇八回 ①

アルチン不意に(おもむ)きて往不帰を傷し

サノウ籌策(ちゅうさく)(めぐ)らして紅隷民を逃す

 さて超世傑ムジカは巧みに麒麟児シンらの追撃を逃れ、クルチア・ダバアに拠って布陣した。南征軍は再び兵を進めたが、途上矮狻猊(わいさんげい)タケチャクが戻ってきて告げて言うには、


「南方三百里を一万騎(トゥメン)が北上中、(トグ)は青地に白菱!」


 それはイレキ氏を率いる碧水将軍(フフ・オス)オラル・タイハンの兵であった。急ぎ好漢(エレ)たちは(はか)って、二手に分かれることにした。すなわち、ジョルチ軍はムジカを、ウリャンハタ軍はオラルを討つことになった。


 義君インジャは、思うところあって奇人チルゲイを借り受けると、盟友(アンダ)の武運を祈って道を分かつ。


 一万五千騎の精兵は、胆斗公(スルステイ)ナオルを先鋒(アルギンチ)に一路クルチア・ダバアを目指す。インジャは(アクタ)を進めつつ、その信頼(イトゥゲルテン)ある軍師サノウに問うた。


「超世傑の在るところは、実に険阻(ケルテゲイ)と聞く。軍師はいかなる策をもって臨む」


 答えて言うには、


「それは現地に着いてからお話しします。まずはナオル殿に(まか)せましょう」


 百策花セイネンが(アマン)を開いて、


「いずれにせよ時日をかけるのはまずかろうかと存じます。ヤクマン部はまだ十万近い精鋭を有しております」


「超世傑は険阻の(ガヂャル)に籠もって、時を稼がんとするだろう」


 言えば、サノウが小さく笑って、


「ご心配には及びません。すでに胸中(オモリウド)に策がございますれば」


 大将旗を護持する長旛竿(オルトゥ・トグ)タンヤンが勢い込んで、


「おお、さすがは軍師だ! それでどのような……」


「まあ、それは現地に至ってからだ」


 チルゲイが(ダウン)を挙げて笑うと、


「相変わらずもったいぶるなあ。悪い(モータイ)癖だぞ」


「悪い? 君ほどではない」


 あっさり退けて、あとは黙して語らない。




 そのころ、先鋒はすでに敵陣を望むところに達していた。顧みて、


「さすがに超世傑が選んだだけのことはある。予想(ヂョン)を上回る難所ではないか。どうする、トオリル?」


「すべての山道(モル)を封鎖しましょう。クルチア・ダバアは道狭く険しいゆえに、攻めがたいには違いありませんが、それは先方にとっても同じ(アディル)。堅陣を組めば、敵騎も(ダバア)を下ることはできません」


「なるほど。ではそのようにして義兄上の到着を待とう」


承知(ヂェー)


 速やかに峠への入口を押さえる。斥候(カラウルスン)を放って登らせてみれば、(ブルガ)の備えも万全の様子。


「ふうむ、ひたすら守って援軍を待つつもりだな」


「お待ちください、右王」


 そう言ったのは九尾狐テムルチ。続けて言うには、


「予断はなりませぬ。超世傑は九変の術に長じた真の名将。守りに徹すると見せて、急に攻めてこないとも限りませぬ。兵法に謂うところの『その来たらざるを(たの)むことなく、(われ)のもって待つ有ることを恃む』構えが必要です」


 ナオルは感心して、


「至言だ。ゴルタ、シャジにもよくよく言っておかねばなるまい」


 そうして彼らは警戒を怠らずに、じっと中軍(イェケ・ゴル)を待った。


 一方、峠を中心(オルゴル)に厚く布陣したムジカたちは、ナオル軍を望見して、


「ははあ、旗は麒麟児のものではないな」


「おそらくジョルチの右王ナオルの兵かと」


 そう言ったのは、やや敵情に詳しい奔雷矩(ほんらいく)オンヌクド。


「ナオル……。胆斗公と称されている将だな」


はい(ヂェー)。諸将の信頼厚く、智勇兼ね備えた良将とか。才略(アルガ)のみならず、豪胆にして果断。まさにジョルチの支柱(トゥグル)です」


 ムジカは涼しげな(ヌル)で聞いていたが、やがて言うには、


「ふうむ。敵としては麒麟児より手強いやもしれぬ」


 皁矮虎(そうわいこ)マクベンがまた(はや)り立って、


「まだ敵は布陣を()えておりませぬ。一気に坂を下って突撃すれば……」


「ははは、お前は気が短い。で、突き破ったあとどうする? 後方にはまだ三万もの兵が控えているぞ。自ら地の利を棄てるほど優れた策とは言えぬな」


 軽くあしらったが、ふと思索顔になって、


いや(ブルウ)、待て。少し(つつ)いておくか」


 ムジカはアルチンを呼ぶと言うには、


「笑小鬼、歩卒を率いてちょっと脅かしてこい」


 不思議そうな顔で答えて、


「歩卒ですか?」


そうだ(ヂェー)。まともに打ち合ってはならぬ。(チフ)を貸せ」


 ムジカは何ごとか(ささや)く。アルチンは瞠目して、嬉々として去る。

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