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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
427/783

第一〇七回 ③

ムジカ群舞鮮やかに諸賢を欺いて走り

マクベン伏姦密やかに兵鋒を制して起つ

 ホンゴル・エゲムをあとにした連合軍は、まんまとしてやられた恥を(すす)ぐため、躍起となってムジカを追った。


 中でも麒麟児の猛追は凄まじく、他の軍勢を大きく引き離す。すなわちそれは、ムジカとの間を次第に縮めることになる。最も近く(オイル)にいながらこれを逃したことは、シンにとって堪えがたき屈辱であった。


 しばらく駆けて、ついに敵影を視界に(とら)える。


「しめた! 居たぞ!」


 全軍を叱咤して(タショウル)を振るう。黒亜騏(こくあき)も応えてさらに速度を増す。当然、ムジカらもこれに気づいた。だが笑みすら浮かべて言うには、


「来たぞ。よし、あの(ドブン)を回ったら反転、迎え撃つぞ!」


 紅き隷民(アル・ハラン)勇躍(ブレドゥ)して、おうと叫ぶ。一陣の(サルヒ)となって丘の右手を駆け抜けると、一斉に馬首を転じる。


 ネサク軍は(ブルガ)が丘の(エチネ)に隠れるのを見て、逃がすなとばかりにあとに続く。と、待機していた紅き隷民の猛反撃に出遭う。機先を制されて動揺するが、そこは西原一の精鋭、すぐに戦意を復して攻めかかる。


 たちまち乱戦となり、白刃のきらめきが(ニドゥ)に踊る。(アクタ)(いなな)き、干戈の響きは(チフ)(おお)う。


「それ、敵は寡勢だ! 進め、進め!」


 シンはそう叫びつつ、七星嘆を振るって確実に屍を増やす。そこへ一見してそれと判る驍将が近づいて言うには、


「そこのもの、麒麟児と見た! いざ戦わん(ウクルドゥイエー)!」


「何ものだ」


「ジョナン氏族長(ノヤン)、ムジカ」


「な、何っ? 超世傑か!」


 驚くと、目に(ガル)を燃やして、


「来い!」


 麒麟児の得物は一個の(ウルドゥ)、超世傑のそれは一個の戟、互いにひと目で好敵手と認めて睨み合う。


 先に動いたのはもちろん麒麟児。やぁっと気合いとともに鋭い斬撃を放つ。がんと鈍い音がして(はじ)かれたが、続けざまに必殺の剣を繰り出す。これもことごとく弾かれる。


 攻守替わって超世傑が戟を真一文字に薙ぎ払えば、身を反らして避ける。ならばと渾身の突きをもってすれば、やはり空を斬る。


 麒麟児はその穂先を脇に抱え込まんとしたが、超世傑の得物は(ヂダ)にあらず、さっと手首を返して再び薙ぎの手を打つ。


 さしもの麒麟児も一刀両断されるかと思いきや、七星嘆を(ひるがえ)して何とかこれを受ける。さっと両者は間合いを取り、互いの(エルデム)に密かに感嘆する。


 と、そのとき、


「わあっ、伏兵だぁっ!」


 悲鳴が挙がる。はっとして麒麟児が(ダウン)のほうを見遣(みや)ると、丘の上から新手の騎兵が猛然と突撃してくる。これこそムジカが伏せておいた皁矮虎(そうわいこ)率いる一隊。


 側面から突き崩されて、ネサク軍の戦列(ヂェルゲ)は一度に乱れる。シン・セクが(オロウル)を噛んで視線を戻せば、すでにムジカの姿(カラア)はない。


「あわてるな! 固まれ、固まって(しの)げ! 花貌豹が来るまで堪えろ!」


 指示を飛ばしつつ新たな敵に向かう。が、マクベンも愚かではない。散々敵陣を破ると、当然花貌豹など待たずにそのまま駆け抜けて退きはじめる。


「おのれ、小賢しいことを! 追え、追え!」


 ヨツチが叫んだが、もはや彼の手勢は追撃できる状態にない。一旦立て直すべく、タクカの勧めに(したが)って兵を収拾するほかない。シンはおおいに悔しがって、


「一度ならず二度までもやられるとは……。被害は些少だ、落ち着け!」


 再編に手間どる間にジョナン軍は遥か遠くへ去ってしまう。やっと追いついたサチがこの有様を見て、


「どうした、麒麟児」


 むっとした顔で答えて、


「何でもない」


 代わってタクカが答える。


「ここに伏勢を置かれていた。気をつけろ。まだ何かしかけているかもしれぬ」


心得た(ヂェー)


 短く答えると、先んじて追撃を継続した。左右のナユテ、ササカは改めてムジカの才略(アルガ)(オロ)に刻む。慎重を旨とするサチは、伏勢に適した地形を見るごとに斥候(カラウル)を送り、あるいは迂回しつつ敵を追った。


 実はこれもムジカの狙いどおりである。一回叩いておけば警戒して、どうしても(フル)が鈍る。この隙に一気にクルチア・ダバアに入ろうという心算。果たして花貌豹も、追撃を再開した麒麟児も、再び敵を(とら)えることはできなかった。


 ムジカと紅き隷民は、何とか約会(ボルヂャル)(ガヂャル)へ辿り着く。これを迎えたオンヌクドらの喜び(ヂルガラン)はこの上なく、涙を流すものまであった。しかしムジカはこれを戒めて言うには、


「劣勢であることには変わりない。いずれ大軍が寄せてくる。気を引き締めよ」


 内心考えるに、


「僅かに時を延ばしたに過ぎぬ。ここで堪えている間に援軍(トゥサ)が至らねば最期だ。先の奇手が再び通じる相手ではない」


 密かに暗澹たる思いに沈む。

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