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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
425/783

第一〇七回 ①

ムジカ群舞鮮やかに諸賢を欺いて走り

マクベン伏姦密やかに兵鋒を制して起つ

 さて四頭豹に欺かれて、劣勢のままジョルチ、ウリャンハタの南征軍に対した超世傑ムジカは、麒麟児シンの突撃を退けると諸将を集めて奇策を授けた。


 というのは、(ブルガ)にセチェンの数多あることを利用してこれを惑わし、その隙に死地を逃れるというものであった。もとより危険極まりない、云わば「()()()()」であったが、ムジカを信頼(イトゥゲルテン)する諸将は嬉々として従う。


 命令(カラ)に応じて俄かにジョナン軍は戦列(ヂェルゲ)を乱し、統制なく無秩序に行動しはじめる。それは対峙するシン・セクやサチをおおいに驚かせ、困惑せしめた。


 前軍(アルギンチ)の参謀を務めるタクカ、ナユテもどう対処してよいのか判断できず、ともに中軍(イェケ・ゴル)に報告に及ぶ。智略に長じたアサン、ボッチギンも(テリウ)を抱える。まさに「セチェンは欺かれまいとしてまず疑う」形勢となったのである。


 ひとまずタケチャクの斥候隊(カラウルスン)を派遣したが、その報告を待つ間にも諸将は憶測を述べ合う。遅れてやってきたチルゲイだけが暢気に、


「へえ、ムジカが。案外、何も考えていないのではないか?」


 そう言ってみたが無論相手にされない。実はそれこそが正鵠を射ていたのだが、兵略に通じるものほどまさかそのような策があるとは思わない。こうしていたずらに時を費やしているうちに、前線ではまた変化が起きていた。


 いくら待ってもタクカたちが帰ってこない上に、眼前のムジカ軍の痴態がさらに募ってくるのを見て、急火箭ヨツチの憤懣が爆発したのである。


「麒麟児、もう俺は辛抱ならぬ!」


 言い捨てるや、五百騎ほどを率いて猛然と攻めかかった。シンはあわてて止めようとしたが間に合わない。ヨツチは朴刀を頭上に掲げて、手薄と見える一角に突き入ろうとした。


 と、軍中より旋風(サルヒ)のごとく、紅い軍装に身を固めた一団が飛び出してきてそれを(はば)んだ。すなわちゾルハン率いる「紅き隷民(アル・ハラン)」である。口々に喊声を挙げつつ襲いかかる。さらに言うには、


「超世傑様の計が()たったぞ! 愚かな敵将を(とら)えろ!」


 ヨツチはおおいに動揺する。加えて敵陣からわっと大歓声が挙がるに及んで、刃を交える前から浮足立つ。シン・セクは舌打ちして、


「あの阿呆(アルビン)め!」


 一隊を率いて救わんとすれば、激しい斉射を浴びせられる。矢の(クラ)をかいくぐって、やっと合流(ベルチル)を果たし、これを助けて(トイ)に戻る。叱りつけて言うには、


「矮豹子よ、思い知ったか!」


うむ(ヂェー)、俺が軽率だった」


 青い(ヌル)で素直に謝る。これで懲りたシン・セクはますます防備に徹し、この一件を中軍へ報告する。受けてボッチギンは、


「やはり何か狙いがありそうだな。まずは試みに攻めさせようかと思ったが、図らずも矮豹子のおかげで要らぬ命を下さずにすんだ」


 ヒラトが焦った様子で、


矮狻猊(わいさんげい)はまだか!」


 タクカがこれを(たしな)めて、


「今行ったばかりではないか」


 ナユテが独り言のように、


「もしやかなりの後方に伏勢を置いているのかもしれぬ。矮狻猊もそれを考えて遠くまで確かめるだろう」


 こうして実りのない議論をしていたころ、ムジカは次の策に移らんとしていた。渇いた(オロウル)(ヘル)で湿すと、呟いて言うには、


「さあ、日ごろの調練を思い出せ」


 片手を挙げれば、静寂(ヌタ)を破って金鼓が轟く。兵衆は三度、喊声をもって応える。そして一万騎(トゥメン)ことごとく騎乗する。麒麟児たちは「来るか」とて身構えたが、ムジカ軍の展開した有様は、ウリャンハタの将兵をしておおいに驚嘆せしめた。


 わっと八方に散開したかと思えば、金鼓の合図でまた密集し、馳せ違い、行き交い、また花弁(ツェツェク)のごとく広がり、また大蛇(マングス)のごとく連なり、この瞬間には方に、その刹那には円に、変幻自在、縦横無尽、まさに騎兵による熟練の演舞を見せられた心地。


 知らずほうと嘆声が漏れる。


 最初は左右の運動を主としていたのが、次第に前後の運動に転じる。全軍どっと後退したかと思えば、たちまち反転して鶴翼を形成する。


 また一斉に退き返れば、いつの間にやら魚鱗の勢。さらには半ば退き、半ば進み、号令とともにさっと前後が入れ替わる。


 銅鑼。応じてジョナン軍はさっと(フル)を留める。金鼓。わっと喊声。後列より馬首を(めぐ)らし、次々に背走を始める。再び金鼓。「紅き隷民」が突出してきて、さっと散開したかと思うとまた小さく固まる。


 今や麒麟児たちは、次はいかなる演目を披露してくれるのかと興味津々、目瞬き(ヒルメス)もせずに見入っている。

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