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草原演義  作者: 秋田大介
巻八
421/783

第一〇六回 ①

シン(にわ)かに軽騎を迎えて軍形を(みだ)

ムジカ敢えて奇計を装い知慮を(くら)くす

 さて、ついに南征の軍を興したジョルチ、ウリャンハタの好漢(エレ)たちはアラクチワド・トグムにて約会(ボルヂャル)した。そこでジョナン氏の超世傑ムジカが僅か一万騎(トゥメン)をもってホンゴル・エゲムに布陣していることを知り、おおいに惑った。


 というのも、連合軍は併せて四万騎に近い大軍。四頭豹の奸智を警戒している彼らが、謀計を疑うのは当然であった。軍議は紛糾するかに見えたが、呑天虎コヤンサンの暴言にも近い言葉(ウゲ)から一挙に解決して、ともかく進軍することになった。


 先駆ける(ウトゥラヂュ)は西原の誇る精鋭ネサク軍を中核(ヂュルケン)とする五千騎。将はもちろん麒麟児シン・セク。(ガル)には天下の名剣「七星嘆」、()るは漆黒(ハラ)の名馬「黒亜騏(こくあき)」。従えるは知世郎タクカと急火箭ヨツチ。勇躍(ブレドゥ)して(アクタ)を駆る。


 一方、迎撃するムジカは、敵軍(ブルガ)の実態を知ってあわてふためいた。四頭豹より聞いたのは()()()とのことだったが、それに倍する軍勢が迫っていたのである。


 傍ら(デルゲ)に叱咤する打虎娘タゴサの姿(カラア)もなく、一旦はみなが恐慌に(おちい)りかけた。しかしそこは超世傑と称されるムジカである。たちまち(オロ)を決すると、布陣(バイダル)()えて敵を待つ。そこへ斥候(カラウル)が戻って、


「敵軍五千騎、現れました!」


 思わず呟いて、


「疾い……」


 まさに神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノに勝るとも劣らない迅速。それを見ただけで容易ならざる敵であることが判る。


 だが、シン・セクのほうもムジカの(デム)を望見して感嘆していた。


「さすがは超世傑。奇人の言葉は虚言(クダル)ではなかった」


 その間にもみるみる両軍の間は縮まっていく。シンは手にした(ウルドゥ)をテンゲリに向けて高々(ホライタラ)と掲げると、


「ものども、西原の(ソオル)を見せてやれ!」


 ネサク、ダマンの兵衆は喊声をもってこれに応えると、得物を振り上げて突撃に移る。さらに早足(ツォギオ)となり、裂帛の気合い、天地を揺るがす。


 ジョナン軍も、これに気圧(けお)されることなく冷静を保つ。浮足立つ兵はない。それもムジカを信頼(イトゥゲルテン)しているからである。


 第一陣を率いる奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドは、なかなか攻撃の(カラ)が下らないので、ちらりと後方を顧みた。中軍(ゴル)はしんとして何の動きもない。すでに敵騎の表情まで見分けられるほどである。


 ムジカは馬上に傲然と(チェエヂ)を反らせて近づく敵を眺めている。その(ニドゥ)は、憤怒(アウルラアス)も動揺もなく、湖面(テンギス)のごとく静か(ヌタ)である。


 平生は動じやすく、気の弱そうな風をしてタゴサに叱咤されているが、実のところムジカは部族(ヤスタン)の誰よりも胆力(スルステイ)(すぐ)れ、雄心(ヂルケ)に富んでいた。だからこそいざとなればみなこれを(たの)み、また超世傑なる渾名(あだな)を奉っているのである。


「まだまだ。引きつけよ」


 周囲の不安げな視線に応えるかのごとく呟いた。姿勢はいささかも変えず、じっと前方を見つめたままである。忠順(シドゥルグ)な彼の兵衆は決して飛び出すことなく、ひたすら堪えて命を待つ。


 やがて(チャク)は至る。ムジカの右手がすっと挙がる。今までの静寂を破るには十分すぎる高い(ダウン)が轟きわたる。


「斉射!」


 瞬時(トゥルバス)に金鼓が打ち鳴らされ、迫るネサク軍を驚かす。一斉に弓弦を(はじ)く音がして、(クラ)のごとく矢が放たれる。突っ込んできた騎兵は、次々にもんどりうって落馬する。戦端が開かれたあとは、オンヌクドの指揮で二の矢、三の矢がこれを襲う。


「矢が尽きるまで射よ!」


 鋭い声が飛ぶ。


 しかし麒麟児もさるもの、これしきで挫ける凡将ではない。飛来する矢を左右に払いつつ、手綱(デロア)を緩める様子もない。それに勇を得て、選び抜かれた精鋭であるネサクの猛者ども(ヂオルキメス)は、怒声を挙げてあとに続く。


「そんな矢が俺に()たるか!」


 シン・セクはまっしぐらに敵陣を指して黒亜騏を駆る。


 それを見て再び金鼓、応じて第二陣がどっと繰り出す。(ヂダ)(ヘレム)を作って第一陣と交替する。その動きには僅かの乱れもなく、さながら一人の手足を動かすがごとく陣形が変わる。皁矮虎(そうわいこ)マクベンが戦意も(あらわ)に躍り出ると、


「押せ、押せ! 押し返せ!」


 一方の麒麟児シンも、


「続け、ものども!」


 叫んで七星嘆を振り(かざ)す。マクベンは兵を密集させて正面から押し返す心算、シン・セクは(きり)のごとく敵陣に突き入らんとする。


 かくして両軍はついにぶつかった。繰り出される槍を薙ぎ払って麒麟児は奮戦する。皁矮虎も負けじと敵騎を(ほふ)り去る。人馬入り乱れて戦い合う(カドクルドゥクイ)

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