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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
420/783

第一〇五回 ④

ドルベン神風将を召して奇計に任じ

インジャ呑天虎を(よみ)して暗鬼を避く

 さらにナオルが左翼(ヂェウン・ガル)から迂回して(ブルガ)を牽制し、インジャの中軍(イェケ・ゴル)右翼(バラウン・ガル)を引き受けた。後方で変事に備えるのは衛天王カントゥカの一万二千騎。またコヤンサンは遊軍として適宜動けるよう待機する。


 そうと決まれば速やかに動くのみ。ホンゴル・エゲムに至れば、それぞれの判断に委ねられるところが大きくなる。が、いずれも音に聞こえた名将たち。全軍(ガヂャル)を揺るがして戦場へ向かう。




 さて、インジャたちが軍議を開いていたそのころ、ムジカたちはあわてふためいていた。一(サウリ)斥候(カラウル)が戻って告げたのである。


族長(ノヤン)! 敵はアラクチワド・トグムに(トイ)を張っておりますが……」


「どうした、何かあったのか?」


 問えば、わななく(ダウン)で答えて、


「に、二万騎どころではありません。(コセル)を、地を埋め尽くすほどの大軍です。おそらく四万か、五万はあろうかと……」


 ムジカは思わず立ち上がる。そして叫んだ。


「何だと!? 五万と言ったのか!」


いえ(ブルウ)、しかとは判りません。私もあわてて帰ってきた次第で……」


「謀られたか……」


 呆然として座に崩れ落ちる。諸将は次の言葉(ウゲ)を待ったが、その(アマン)からは一語も出ない。痺れを切らして皁矮虎(そうわいこ)マクベンが言った。


「ここでは数倍の敵は支えきれません。陣を移しましょう」


 そこへ別の斥候が帰ってきた。


「敵の先鋒(アルギンチ)がアラクチワド・トグムを出ました!」


 ムジカはぴくりと(フムスグ)を動かすと、


(トグ)は?」


「黒地に赤、何やら竜のごとき、(モリ)のごとき、奇妙な(アラアタヌイ)が描かれております」


「麒麟児だ……」


 瞠目して呟く。みなが(いぶか)しげにこれを見る。そこで言うには、


「奇人殿に聞いたことがある。『南原に神風将軍(クルドゥン・アヤ)あらば、西原には麒麟児がある』と。その兵は『雷霆(アヤンガ)のごとく動き、烈火(ガルチュ)のごとく戦う。まさに西原最強の軍である』とも……」


 しばしの沈黙が流れる。笑小鬼アルチンが恐る恐る言うには、


「つまり、神風将軍と戦うようなものだとでも……?」


 無言で頷けば、みな青ざめる。その強さをよくよく承知しているからである。盟友(アンダ)としてこれほど(たの)みとなるものもないが、これと戦うことなど考えたこともない。マクベンが疑って言うには、


「そんな、セント軍のような兵がほかにあるものでしょうか?」


 ずっと黙っていた奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドがそれを制して、


「奇人殿の言を疑うのか」


いや(ブルウ)、そういうわけではないが……」


 重苦しい沈黙。常ならば打虎娘タゴサが男どもを叱咤して破るのだが、彼女の姿(カラア)はここにはない。だがそれを思い出したのかどうか、ムジカが口を開いた。


「たしかにアステルノのような将が、そうそういるとは思わぬ。だが念のため、そのように心得ておいたほうがよい」


「陣を移しましょう」


 またマクベンが言ったが、


「もう一度言う。敵将は神風将軍に等しい。となれば、今から撤退は間に合わぬ。次の陣地を定める前に追いつかれよう」


 迷いを払拭するかのように首を振って、


陣形(バイダル)を改める。兵を集めて方陣を組む。厚く八段の(ヘレム)を作れ。弓兵を前列に並べて奔雷矩が率いよ。二段目は(ヂダ)。皁矮虎、(たの)んだぞ」


 その声はいつものムジカのもの。(カラ)を受けて続々と諸将は去り、急いで陣を整える。(ようや)くそれがすんでほっとしているところに斥候が戻って、


「敵軍五千騎、現れました!」


「疾い……」


 ムジカは(ハツァル)を引き締めて呟いた。中軍にある彼の(ニドゥ)も彼方の敵影を(とら)える。(チフ)には大地を蹴立てる馬蹄(トゥル)の音すら届きはじめる。


「さらに後方に五千騎! 旗は豹!」


「ジョルチの旗を掲げた部隊、約八千が右翼二十里を移動中!」


 続々と敵軍の動きが報告される。ムジカも超世傑と称される名将、数倍の敵を前にしても動じる気配すらない。泰然としてこれを待ち受ける。


 テンゲリの意思(オロ)はまことに量りがたく、宿星(オド)相分かれて戦場に(まみ)えることとなったわけだが、いずれも一個の英傑(クルゥド)にて、易く勝を収めることは望むべくもない。


 古言に謂う「龍虎相討つ」の相といったところ。果たして超世傑はいかにして麒麟児を迎え撃つか。それは次回で。

<巻七 終わり>


草原(ミノウル)全土

挿絵(By みてみん)


「巻七 登場人物および関連地図」は、

https://ncode.syosetu.com/n2861ib/7/

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