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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
42/783

第一 一回 ②

サノウ二たび牢獄を訪れて好漢を知り

インジャ一たび諸士を率いて賢者に(まみ)

 ハツチの牢は、東側(ヂェウン)の突き当たりであった。


「さあ、半刻だけですからな」


 念を押す衛兵(エウデチ)に、また銀錠(スケス)を握らせて、


「話している間、ちょっと離れていてくれないか」


 すると何も言わずに去っていく。(ようや)く二人は牢の前に立った。ハツチが嬉しそうにこれを迎えて、


「おお、二人とも。よく来てくれた」


 しかしその表情は冴えず、(ハツァル)はすっかり()け、(ニドゥ)の下には青黒く(くま)ができている。ゴロが心配して、


「顔色が悪いぞ。身体(ビイ)はどうだ?」


「毎日、拷問を受けているのだ。身に覚えがないというと(タショウル)で打たれ……。全身傷だらけだ」


 そう言って腕を(まく)って見せれば、(カラムバイ)の筋が何本もできている。さすがのゴロも息を吞んで、


「まさか自白してはないだろうな」


「まさか! 知らんものは知らん。何で認めよう」


「ともかく拷問を止めさせねばなるまい」


「また銀錠を()くのか」


 サノウが苦々しげに言えば、


「やむをえまい。そうせねばこいつは拷問で死んでしまうぞ。ものには臨機応変ということがある。潔癖だけでは損をする」


 何か言い返そうとするのをハツチが遮って、


「やめてくれ、二人で言い争ってくれるな。わしは賄賂は好かぬが感謝するぞ」


 サノウが矛を収めたので、ゴロが言うには、


「とりあえず祭が終わるまでは安心してよかろう。心配はそのあとだが……」


「何かあったら両親を頼む」


 弱音を吐くハツチを叱咤して、


阿呆(アルビン)め、気を強く持て。拷問だけは何とかしてやるから」


「ありがとう」


 あとは言うべきことも尽きて(エチュルテレ)しまった。そこにちょうど衛兵が戻ってきて、


「もうよかろう。刻限だ」


 二人はやむなく別れを告げる。と、サノウが思いついて尋ねて言うには、


「コヤンサンとやらはどうしている」


 ハツチはあからさまに不快を示したが、答えて言うには、


「典獄の話によれば、わしとは逆の西側(バラウン)の一番奥に居るらしい。何日かは暴れていたが、最近はおとなしくしているようだ」


「そうか。じゃ、息災でな」


 二人は獄を出て、帰途に就いた。と、ゴロがサノウを(なじ)って、


「先のあれはどういう意味だ?」


 サノウはとぼけて答えない。さらに(フムスグ)を逆立てて詰め寄って、


「彼奴のことを聞いていたではないか。どういうつもりだと聞いているんだ」


 しかしやはり答えずに(ガル)を振ると、ゴロを無視して去っていった。




 サノウは翌日、独りで牢獄を訪れた。不本意ながら例のごとく銀錠を使って中に入る。そしてハツチのもとへではなく、コヤンサンのもとへ案内するよう告げた。典獄は驚いて、


「知り合いですかい?」


いや(ブルウ)、ちと興味があってな。(ヌル)も知らんよ」


 典獄は困った様子で、


「あんまり妙なことはせんでくださいよ」


「心配するな」


 やむなくこれを連れていけば、コヤンサンは目の前のサノウを見てもわけがわからない様子。それを見て典獄は(ようや)く安心してその場を離れる。


「誰だい」


「君がコヤンサンか」


 サノウはコヤンサンの問いには答えず、その顔をじっと覗き込んだ。


「何だ、何の用だ」


「ふふ、私はイェリ・サノウ」


 それを聞いたコヤンサンは吃驚して、あわてて平伏する。顔を上げて言うには、


「貴殿がサノウ様! 私は貴殿に会いにこの(バリク)に来たのですが、戒めを破って(ボロ・ダラスン)を飲んだところ、生来の酒乱が祟って気が付いたらここに居りました。よもやサノウ様から訪ねていらっしゃるとは夢にも思いませんで……」


 いろいろ言い募ろうとするのを制して、


「いったいどうして私を訪ねてきたのか」


 応じて訥々(とつとつ)と語るのを聞けば、


「私はジョルチ部ズラベレン氏の族長(ノヤン)でコヤンサンと申すもの。今はフドウ氏のインジャ殿と(オロ)をともにしています。今回はそのインジャ殿の意向を受けて、サノウ様を師として草原(ケエル)にお迎えしようとて参りました」


「はて、フドウに知己はおらんがな」


「キャラハン氏のセイネン・アビケルをご存知ありませんか。セイネンはキャラハン氏がベルダイ右派(バラウン)に滅ぼされたあと、フドウに身を寄せているのです」


 それで得心がいったようで、


「あの男、フドウに居るのか。なるほど、わかった。しかしその使者に君を送るとは適当な人選とは思えないな」


 それを聞くと顔を(あから)めて、反対を押し切って志願したこと、五つの戒めを授けられたこと、それを破ってゴロと争い、次いでチュイク婆さんの店で暴れたことなどを語った。そして言うには、


「聞けば私のせいでハツチ殿も捕まったとか。ハツチ殿には大恩を(こうむ)ったというのに仇で返すことになり、何と詫びてよいやら……。私はともかくハツチ殿だけでも助からないものでしょうか」


 サノウは人の好悪が激しいほうである。しかしなぜかこの草原の武人には、少なからず好意を覚えた。


 ゴロは散々罵っていたけれども、話してみればなかなかに善良(ツェゲン・セトゲル)心性(チナル)の主ではないか。ゴロは偶々(たまたま)()うときを得なかっただけのこと。サノウには珍しく、語気を(やわ)らげて言うには、


「ハツチはとりあえず無事だ。まだしばらくは処断もないはずだから、君も望みを捨てるな」


「へっ、それはどうしてです?」


「もうすぐ(ヂル)が明ける。神都(カムトタオ)は年末年始には刑は行わぬ。裁判は正月(ツェゲン・サラ)の祭が終わってから、刑の執行はさらにそのあとだ」


「ありがとうございます。サノウ様もあまり話し込んでいると疑われましょう。今日はこの辺りで」


「うむ。それでは」


 そこでちょうど刻限となり、サノウは牢をあとにした。

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