第一〇五回 ③
ドルベン神風将を召して奇計に任じ
インジャ呑天虎を嘉して暗鬼を避く
くどくどしい話はさておいて、一方のジョルチ、ウリャンハタ軍は予定どおりアラクチワド・トグムにて合流を果たした。併せて四万騎近い軍勢が、陣を列ねて号令を待っている様子は壮観の一語に尽きる。
ジョルチン・ハーンとエルケトゥ・カンは参謀を伴って会談し、まずは再会を喜び合った。次いで軍議に入り、夥しい数の斥候が放たれた。それを統べるのは飛生鼠ジュゾウと矮狻猊タケチャクの二人である。
本営には次々と情報がもたらされる。そこで敵の先鋒、すなわちムジカの北軍の所在が知れる。百策花セイネンがおおいに頷いて、
「やはりホンゴル・エゲムを押さえたか。それで敵軍は何万か」
「それが、布陣しているのは一万騎ほどで……」
これには一同おおいに驚く。インジャが首を傾げて、
「どういうことだろう。伏勢でもあるのだろうか」
獬豸軍師サノウを見れば、ううむと唸って、
「ホンゴル・エゲムの周辺は伏兵に適した地勢ではありません。なだらかな丘陵とその間を走る平坦な道があるばかりです。私はここに三万以上の兵がいると思ったのですが……」
セイネンが眉を顰めて、
「また四頭豹めが何か企んでいるのでは。眼前の敵に拘ってはいけません。もしや何処かより背後に回る心算かもしれません」
神道子ナユテが口を開いて、
「その一万を率いている将は誰か?」
斥候の兵に問えば、
「旗を見るに、おそらくはジョナン氏のもの。よって超世傑ムジカが率いているものと思われます」
ナユテは何やら考え込む。それを奇異に感じて渾沌郎君ボッチギンが尋ねて言うには、
「ムジカだとどうかするのか」
「いや、ムジカというのは例の、先に私と奇人が交わりを結んだ好漢です。一万騎というのは彼の動員できる全軍ではあります」
ははあ、と一同頷く。さらに百万元帥トオリルが尋ねて、
「それだと、どうなのです?」
少し困ったように、
「どうというわけでもないが、ただムジカは四頭豹と相性が良くない。寡兵で前線に送られたのも、単にムジカを陥れる計略ではないかとふと思ったのだ」
潤治卿ヒラトが遮って、
「それはどうだろう。もし四頭豹がまことに奸智に長けたものなら、こちらがそう思うことを利用して策を立てるかもしれぬ」
胆斗公ナオルがチルゲイを見て、
「奇人はムジカをよく知っているだろう。どう思う?」
すると険しい顔つきながら、おどけた調子で、
「難問、難問。さてさてどう読めばよいのやら。神道子も潤治卿ももっともなことを言う。ムジカはおよそ計略を操るには向いてないが、あの四頭豹は……。もしかしたらムジカ自身も策戦の全貌を知らずに布陣しているのではなかろうか」
知世郎タクカが顔を上げて、
「というと?」
「うむ。我が軍が四万もいると知っていたら、ムジカはかの地には布陣するまいと思ってな。だから神道子の言うとおり、四頭豹の奸謀かもしれぬと思う。だが奴とて戦に敗れるわけにはいかぬから、そのあとに備えもあるだろう。奴にとって最善は、我らに超世傑を葬らせた上で勝利を得ることだ。この先どんな罠が待っているやら」
「なるほど。四頭豹は一矢で二鳥を射んとしている、と」
麒麟児シンが呟く。みなますます考え込む。と、末席にいた呑天虎コヤンサンがおおいに苛立って立ち上がると、
「で、結局どうすればよいのだ! 全力でムジカとやらを攻めればよいのか。道を更えるのか。何も決まらぬではないか。四頭豹が絡むと、疑ってばかりで脳が沸きそうだ」
セイネンがこれを睨みつけたが、インジャはからからと笑って、
「ははは、たしかにそのとおりだ。まだ何も始まっておらぬというのに、我々は四頭豹の幻影と戦っていた」
みな互いに顔を見合わせて苦笑い。それで場は和んで再び意気揚がる。サノウが口を開いて、
「呑天虎の言うように、ここで手を拱いていても始まりません。まず一軍をもってムジカを攻めましょう。全軍を展開することなく、備えを怠らないことです。さすれば少々の伏兵など恐れることもないでしょう」
聖医アサンがこれを支持して、
「我らは数を恃むわけではないが、かなり優勢です。その利を活かそうと言うのですね」
サノウとアサンが賛成すれば、ほかの好漢に異存のあるはずもない。早速ムジカを攻めることになったが、麒麟児シンがどうしても先駆けをと主張して譲らないので、これを先鋒とした。
続くのはやはり西原の名将、花貌豹サチ。この両軍が正面から敵に当たる。