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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
417/783

第一〇五回 ①

ドルベン神風将を召して奇計に任じ

インジャ呑天虎を(よみ)して暗鬼を避く

 さてアラクチワド・トグム(まだらの盆地の意)にジョルチ、ウリャンハタ連合軍が約会(ボルヂャル)との報を受けて、ヤクマンの丞相(チンサン)四頭豹ドルベン・トルゲは、八旗軍(ナェマン・トグ)に出撃を命じた。


 北軍(ホイン)の将たる超世傑ムジカは、連合軍を(やく)すべくホンゴル・エゲム(淡黄色の鎖骨の意)へと向かった。彼には「敵軍(ブルガ)()()()」と伝えられていた。実のところ併せて()()()近くが集結していることはまだ知らない。


 ムジカは無表情に(アクタ)を駆っていたが、内心はまったく憂鬱であった。なぜかと云えば、身重の(エメ)タゴサの身を案じたからであり、また旧知のチルゲイ、ナユテと戦わねばならなくなったからである。


 碧水将軍(フフ・オス)オラルにはそうした理由こそなかったが、やはり鬱々と出陣の準備を進めていた。そもそも彼の南軍(ウリダ)はその名のとおりオルドの南方の要だった。


 今、(ホイン)に兵事ありとて出動を命じられたのである。(アマン)にこそ出さないが、なぜ白軍(ツェゲン)赤軍(フラアン)ではなく南軍が派遣されるのか、四頭豹の奸謀を疑って(ふさ)いでいたのである。


 聞けばムジカが単独北上したとのこと。盟友(アンダ)の苦境を思えば、急ぎこれと合流(ベルチル)しなければならない。そこでことごとく用意整うと、ムジカに遅れること三日でアイルを発った。


 紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカが出兵を(うなが)早馬(グユクチ)を迎えたのは、まさに一角虎(エベルトゥ・カブラン)スク・ベクがメンドゥを渡河したことを知った(ウドゥル)だった。ちょうどオルドへ向けて急使を出そうとしていたところである。思わず小さく舌打ちして、


「すべて見通していたというわけか。恐ろしい奴だ」


 告げられた任務(アルバ)は、もちろんスク・ベクの軍を追い払うことである。キレカを困惑させたのは、もうひとつの命令(ヂャルリク)であった。すなわち、


「兵をふたつに分け、一軍をムジカの援軍(トゥサ)とせよ」


 これには思わず(ダウン)を荒らげて、


「兵は中央(オルゴル)にもあるではないか! なぜ私が兵を分ける必要(ヘレグテイ)がある」


 使者は恐懼しつつ、


「わ、私は、命を伝えるばかりでございます。丞相のお考えは解りません」


 (フムスグ)(しか)めてこれを退けると、独り思うに、


「さては四頭豹め、敵の(ウルドゥ)()りて我らの(クチ)()ぐ心算だな。奴の奸智をまだ甘く見ていたわ。しかし今は抗議している暇はない。援軍を送らねばムジカを見殺しにしてしまう。幸い兵を分けても彼我の兵力は変わらぬ……」


 やがて(オロ)を決すると、幾分腹立たしげに言った。


「やむをえぬ。従うほかあるまい」


 ガダラン軍は二手に分かれて、半分(ヂアリム)の五千騎はムジカのもとへ、残る五千騎は迎撃へと出立した。一角虎がいかな猛将(バアトル)とはいえ、(おく)れを取るつもりは毛頭ない。




 緑軍(ノゴーン)のダサンエンは七卿の一人で、かつての大将軍である。彼もまた四頭豹を疑って、承諾はしたもののあれこれと理由を付けて出陣を先延ばしにしていた。


 それを知った四頭豹はほくそ笑むと、


「やはりそうでしたか、愚かな。その逡巡が己の首を絞めることに気づかぬとは。このままではムジカは寡勢にて屈し、その波に緑軍も呑まれるというのに……。あの凡将(アルビン)の最善の策は、ただちにムジカと力を併せて敵を撃ち破ること」


 誰に言うでもなく呟いて呵々大笑する。側使い(エムチュ)が現れて言うには、


「亜喪神様がお見えです」


「ふふふ。通せ」


 いまだ笑いの収まらぬまま答えると、ムカリが巨躯を現す。


「おお、将軍。事態は動きだしました」


「丞相、お主はやはりセチェン(知恵者)だな。以前に丞相が言ったとおりになってきたではないか」


 礼もせずにいきなり言って、どっかと腰を下ろす。(とが)めるどころか、ますます嬉しそうに(ニドゥ)を細めると、


「では今さら将軍に言うべきことはありません。任務はかつてお話ししたとおり」


承知、承知(ヂェー ヂェー)。俺は彼奴らが北へ出払ったあと……」


 調子に乗って言いかけたのをすばやく制して、


「おっと。『テンゲリには目があり、エトゥゲンには(チフ)がある』と謂います」


 ムカリは一瞬決まり悪そうに(ムル)(すく)めたが、また気を取り直して、


「しかしウリャンハタの連中が来るなら、自ら迎え撃ってやりたかったが」


「ふふふ。まずはムジカらに戦わせて敵を疲弊(ハウタル)させるのです。そのあと将軍が赴けば、()れた果実を()ぐがごとく、易々と勝利を得られるでしょう。兵法にも『(いつ)をもって労を待つ(注1)』と謂います」


「ははは、丞相の言うとおりだ」


 粗野な本性(チナル)()き出して笑いつつ、上機嫌のまま退出する。その背を見送って、


「扱いやすい男だ」


 そうひと言吐き捨てる。また側使いがやってきて、今度は神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノの到着を告げる。


「ほう、来たか」

(注1)【(いつ)をもって労を待つ】味方は休養した状態で、疲弊した敵と戦うべきであるということ。

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