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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
416/783

第一〇四回 ④

軍陣明らかにしてアサン牙狼将を(さと)

戦雲急にしてドルベン超世傑を動かす

 待機していた早馬(グユクチ)が四方に飛ぶ。すなわち緑軍(ノゴーン)のダサンエン、南軍(ウリダ)のオラル、西軍(バラウン)のキレカ、北軍(ホイン)のムジカのもとへ。また赤軍(フラアン)のムカリと東軍(ヂェウン)のアステルノには急いで丞相府へ来るよう命じる。


 早馬を迎えた超世傑ムジカは、諸将を集めて、


「出陣を命じられた」


 皁矮虎(そうわいこ)マクベンが興奮して、


「相手はどこですか!」


 叫べば、険しい(ヌル)で答えて、


「……ジョルチ、ウリャンハタの連合軍が南下中とのことだ」


 諸将は途端に顔色を失う。笑小鬼アルチンがあわてて、


「一大事じゃないですか! (ブルガ)はいったいどれほどの兵を……」


「四頭豹によれば、()()()。アラクチワド・トグムに結集しつつあるらしい」


「二万! 我らはどんなに掻き集めても一万騎(トゥメン)にしかなりません」


 オンヌクドが叫ぶ。ムジカは一同を制して、


「ダサンエン将軍と、碧水将軍(フフ・オス)オラルが応援にくる。我らの任務(アルバ)は、要害を保って敵の進撃を食い止めることだ」


「それにしても敵軍は倍。しかもただの二万騎ならいざ知らず、ジョルチとウリャンハタには勇将知将が(オド)のごとくおりますぞ」


 オンヌクドが言えば、マクベンも頷いて、


「ジョルチのインジャといえば名高い明君。(ソオル)においてもあのダルシェを破り、数年で部族(ヤスタン)を統一した傑物(クルゥド)です」


 アルチンも早口で和して、


「ウリャンハタにはあの智恵の回る奇人殿もおります。その機略は先のマシゲル戦で示されたとおり。容易ならざる相手です」


 ムジカは黙って聞いていたが、やがて静か(ヌタ)に言った。


「もはや(カラ)は下った。あれこれ論議していても始まらぬ。ともかく出陣して南原への出口を(ふさ)ぐのだ」


「と申しますと?」


「ホンゴル・エゲム(淡黄色の鎖骨の意)がよかろう。アラクチワド・トグムから南原を窺おうとすれば、ここを通るのがもっとも近い」


 そこで恐る恐るオンヌクドが言うには、


夫人(ウヂン)はいかがいたしましょう」


 というのも、先に述べたとおり打虎娘タゴサは、(ハバル)に懐妊して今や(ゲデス)は大きく、とても戦に出ることはできない。


「タゴサだが、四頭豹が言うにはアイルともども南方へ退避せよとのこと。白軍(ツェゲン)がこれを保護すると言うのだが……」


「それはなりませぬぞ!」


 マクベンが激して言えば、日ごろは冷静なオンヌクドも、


「四頭豹はもとより族長(ノヤン)を害せんと(かく)しております。夫人を()るなど狼穴に送るようなもの。いけません!」


「だが迂闊にこれを(こば)めば、彼奴に口実を与えることにもなりかねん」


「夫人を人質にするおつもりですか!」


 思わず叫んだマクベンは、はっとして(アマン)(つぐ)む。そこにアルチンが割り込んで、


獅子(アルスラン)殿に預けてはどうでしょう。……そうだ! 獅子殿に兵を借りればよいのでは」


 自らの思いつきに興奮して、


「獅子殿と族長(ノヤン)はチェウゲン・チラウンの盟友(アンダ)、喜んで援軍を出してくれるのでは……」


「それはない。冷静に考えよ。ハトンのアンチャイ殿はジョルチの出身(ウヂャウル)だぞ」


 ムジカの言葉(ウゲ)でこれも黙る。


「ともかくまずは命に従おう。奴はハーンを代行する丞相(チンサン)、逆らうのは得策ではない。もし何かあったとしても打虎娘なら己で何とかするだろう。もう言うな」


 そう言うムジカこそもっとも苦悩していることを(さと)らないものはなかったので、諸将は悄然として頷く。みなが退出してしまうと、ムジカは奥座(コイマル)に入った。タゴサが立ってこれを待っていた。


「聞いていたか」


ええ(ヂェー)


「ならば改めて言うことはない」


「私のことは心配しないで。むしろムジカ、あなたが心配だわ。嫌な予感(ヂョン)がする」


 黙っていると、タゴサが言うには、


「四頭豹はきっと何か企んでいる。十分に気をつけて。何があるかわからないけど、もしものときには私のことは気にせずに行動してね。あなたも言ったように、私は己で何とかするから」


 その言葉におおいに(セトゲル)を動かされて、


「タゴサ……。君は私には過ぎた(エメ)だ」


「珍しいね。ムジカがそんなことを言うなんて」


 笑顔で言ったが、その(ニドゥ)は微かに潤む。二人はさらに小声で語り合ったが、くどくどしい話は抜きにする。




 さて準備整ったジョナン軍一万騎は、複雑な思いを抱えつつホンゴル・エゲムへと発った。打虎娘タゴサはそれを見送ると、アイルをまとめて南を指した。


 まだムジカは、(おとしい)れられたことに気づいていない。


 すなわちアラクチワド・トグムにある連合軍は、二万どころか()()()に達しようとしていた。もしこれを知っていたら、ホンゴル・エゲムではない(ガヂャル)を選んでいただろう。


 この戦に賭けるジョルチ側と違い、ヤクマン側はいまだ内部の暗闘に目を向けていたのである。


 まさしく外患より猛々しきは内憂にほかならず、英傑(クルゥド)兵を率いて、なお(クチ)を尽くすを得ずといったところ。果たしてほかの好漢(エレ)たちはいかなる思いで戦地に臨むか。それは次回で。

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