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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
406/783

第一〇二回 ②

盤天竜バラウンに生鋼の餞別を贈り

鉄面牌ヒスワに最後の上奏を()

 明けて翌日、ギィはバラウンを連れてダナ・ガヂャルへと旅立った。従う好漢(エレ)はチルゲイ、ナユテ、ソラの三人。セイネンとジュゾウは己の職責(アルバ)を果たすべく南原へ向かい、ミヤーンはあわててイシへと帰っていった。


 道中は格別のこともなく到着する。盤天竜ハレルヤは五人を笑顔で迎えた。


「ようこそ、獅子(アルスラン)殿。黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)を返しにきたのか」


「ははは、その逆です。バラウンの記憶は戻りました」


 進み出たバラウンは、拱手すると上目遣いに言うには、


ええ(ヂェー)、あの、盤天竜様のご恩は生涯忘れません」


 ハレルヤは嘆声を漏らすと、


「礼など要らぬ。獅子殿に尽くすがいい」


 バラウンは幾度も拝礼して謝した。ハレルヤは鷹揚に頷くと、祝宴の用意を命じる。バラウンは恐縮することしきり、(ノロウ)を丸めて神妙に杯を受ける。互いに喜び合っているうちに、ハレルヤはふと思い出してチルゲイに言うには、


「お前に渡したいものがある」


「ほう、天下に名高い将軍から何をいただけるのかな?」


 側使い(エムチュ)に命じて持ってこさせたそれを見て、あっと(ダウン)を挙げる。


「それは(くだん)の『家宝』ではないか」


 というのはすなわち、かつてチルゲイとミヤーンが初めてダルシェを訪れたときに、タルタル・チノに献じた皮裘(かわごろも)(注1)であった。もともとイシの竜騎士カトメイに貰ったものを、巧みに高価な品と偽って差し出したのである。


「先日、大君から賜った。もとはお前のものゆえ、返しておく」


 (いぶか)るナユテらに事の次第を話せば、みな呆れるやら感心するやら、改めて奇人の能弁(ビルヂウル)に驚く。もとよりそれこそ当人の言葉(ウゲ)を借りれば、「唯一(ガグチャ)(ウルドゥ)」であり、「持ち運びに便利な得物」である。チルゲイは莞爾と笑って、


「ありがたい。草原(ケエル)はもう(オブル)だ。重宝することになろう」


 ハレルヤは余の四人にもそれぞれ皮裘を贈った。またバラウンには別に、


「俺の大刀を打った鍛冶屋(テムルチ)に特に(つく)らせた斧をやろう。お前もひとときとはいえ、ダルシェの民だった男だ。ダルシェの名を(おとし)めぬよう努めよ」


「おお、盤天竜様……」


 感動しつつ拝領する。その斧は黒く鈍い光を放ち、堅く強く鍛えられた鋼鉄(カタン)の逸品。ハレルヤが名を与えて、すなわち「黒烈風」。


 好漢たちは翌日再会を約して別れた。マシゲルに戻ったチルゲイとナユテは、席を暖める暇もなくソラを伴って(ホイン)へ旅立つ。インジャに(まみ)えるためである。


 (サルヒ)は遮るものなき天地を烈々と吹き抜け、容赦なく(ハツァル)を打つ。寒さ(フイテン)に震えながら道を急ぐ。ふとナユテが呟く。


「この一年、草原(ミノウル)平穏(オルグ)であったが、来年はそうもいかぬ」


 チルゲイが頷いて、


「中原で覇権を決する(ソオル)が始まる。我らが勝つか、英王が勝つか」


「いずれにせよすぐには終わるまい。二年かかるか、三年かかるか……」


 ソラは黙ってこれを聞いている。チルゲイが言った。


「中原だけではない。東原でもおそらくヒィ・チノが動く。ヘカトの神都(カムトタオ)での策謀は、そろそろ完了しているだろう」


「先が読めぬな」


 チルゲイは大笑いして、


「神道子の言葉とは思えぬ!」


「ふん、笑いごとではない。君にはこの乱世がいつ終わるか、どういう形に(おさ)まるか予測(ヂョン)がつくとでも?」


 気色ばむナユテにあっさり答えて言うには、


「そんなこと知るわけなかろう。『人事を尽くして天命を()つ』と謂うではないか。我らの智恵など知れたもの、すべては天王(フルムスタ)様の胸宇(オモリウド)にあり、だ。私なりに考えはあるが、それが天意に沿うかなど気にしたこともない」


「君は暢気でいいな」


「聴け、神道子。そもそも草原(ミノウル)(オロ)を持つものが何人いると思っている。それがそれぞれ信じる(モル)を進んでいるのだ。乱世が早く終わるに越したことはないが、何が最善かなど決められるわけがない。己は己の分を尽くせばよいのだ」


 頷くナユテの(ヌル)を見て、さらに言うには、


「だが、天下が分かれてすでに久しい。このまま乱世が続くわけがない。事実、我らが生まれた時分には幾十もの勢力があって、玉石入り乱れて争っていたのが、今や覇を競うべき英傑(クルゥド)は絞られつつある」


「そうだな」


 ふと遠い目をして言うには、


「誤解を恐れずにあえて言えば、ある意味おもしろい(ソニルホルトイ)時代に生まれ合わせたものだ。そうは思わぬか?」


「不謹慎な奴だ。だがたしかに君は治世にあっては役に立たぬだろう。乱世なればこそ君の(アルガ)も求められる」


「はっきり言うなあ。だが、そのとおりだ」


 からからと笑って馬腹を蹴る。道中は格別のこともなくジョルチの冬営(オブルヂャー)に辿り着く。ソラともども大歓迎されたが、この話はここまでにする。




 さて、チルゲイの予想どおり、神都(カムトタオ)に入った鉄面牌(テムル・フズル)ヘカトはその計略を成就させていた。話は少しくときを(さかのぼ)る。チルゲイやナオルが東原を去ったあと、しばらくしてヘカトは最後の計を成すべく宮廷に赴き、大皇帝(グルハーン)ヒスワに(まみ)えた。


 ヒスワは上機嫌でこれを迎える。それもそのはず、ヘカトを閣卿に任じてから税収は以前と比べものにならぬほど増え、新たな宮殿、陵墓の建造も着々と進行しているのである。


 無論、その(エチネ)には圧政に(あえ)人衆(ウルス)がいるが、それを意に介するヒスワではない。

(注1)【タルタル・チノに献じた皮裘(かわごろも)】第二 一回②参照。

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