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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
405/783

第一〇二回 ①

盤天竜バラウンに生鋼の餞別を贈り

鉄面牌ヒスワに最後の上奏を()

 チルゲイの策によって、カラバルの同士討ちをほぼ忠実に再現したところ、バラウンはおおいに衝撃を受けて遁走(オロア)を図った。そこにギィらが現れてこれを制したので、平伏して寛恕を請う。言うには、


「お(ゆる)しください! お恕しください! 私は奸者に(おとしい)れられて……」


 ギィは呵々大笑すると、


「それはこのものらのことか」


 チルゲイらを示せば、あっと驚いて言葉(ウゲ)もない。呆然とするバラウンにギィは(ホロー)を突きつけて言うには、


「ここはカラバルではないぞ!」


 ますます混乱してわけがわからない様子。ギィは表情を(やわ)らげると、


「バラウンジャルガル、(おも)い出したか」


 しばらくその脳裏(タルヒ)には雑然とさまざまな事象が去来していたようだが、(にわ)かにかっと(ニドゥ)を見開くと、


「つ、つ、繋がりました! すべて憶い出しました!」


「そうか、よかった!」


 居並ぶ好漢(エレ)たちは、わっと(ダウン)を挙げて喜ぶ。チルゲイが嬉しそうに言った。


聖医(ボグド・エムチ)に感謝だな」


 ミヤーンだけは(フムスグ)(しか)めて、


「これだけ大仰にやっておいて失敗したらどうするつもりだったのだ。イシの政務がどれだけ(とどこお)ったことか……」


 チルゲイはその(ムル)(クチ)いっぱい叩くと、


「ははは。あれだけ(ザウタイ)を持て余していた奴が何を言う! 獅子(アルスラン)殿の役に立って嬉しかろう」


 みなで喜び合っていると、バラウンは再び平伏して言った。


「俺のおかげで人衆(ウルス)を危地に(おとしい)れておきながら、罰を恐れて逃走した罪は償いきれません。いかようにもご処断ください。もう逃げも隠れもいたしません」


 そしてはらはらと流涕する。ギィはそれを助け起こすと、


「今さら詫びたところでどうなる。私はお前を罰しようとて記憶を復したわけではない。ただ以前のように私の手足となって草原(ケエル)を駆けてもらいたいのだ」


 バラウンは驚いて(ヌル)を上げると、おいおいと声を挙げて()きだす。言うには、


「こんな恩義を知らぬ小輩に何と優しきお言葉。非才なれど贖罪のつもりで尽くします。ギィ様の(ウルドゥ)となって敵人(ダイスンクン)を討ち、(ハルハ)となって御身をお守りします」


「ははは。贖罪など考えるな。(もと)のとおり(たす)けてくれ」


 彼らはうち揃って帰還した。心配したアンチャイやハリンが、人衆とともに出迎える。バラウンが決まり悪そうな顔で記憶が戻ったことを告げれば、みな躍り上がって喜び、早速祝宴の準備を始める。


 そもそもマシゲルの人衆は、略奪と報復を専らとする草原(ミノウル)にあって、珍しく旧怨に(こだわ)らない心性(チナル)を有している。それは独りギィのみの徳ではない。のちに義君インジャが嘆じて、


「すべての人衆がマシゲルのごとくあらば、天下に『(ソオル)』という語はなくなるであろう」


 そう従臣(コトチン)に語ったほどである。


 久しぶりに一同揃ったマシゲルの好漢たちは、おおいにうち興じた。バラウンは恐縮しきりであったが、(ようや)く笑顔が(ハツァル)(のぼ)るようになった。チルゲイら客人(ヂョチ)も存分に楽しんだことは言うまでもない。ギィが言うには、


「今日あるのは諸君のおかげだ。厚く(カリラ)をしたい」


 しかしチルゲイは拱手して言うには、


「知ってのとおり我々は褒賞を期待して動くものではない。(オロ)は嬉しいが、その言葉だけいただいておこう」


「それでは私の気が収まらぬ。遠慮せずに望むものを言え」


「ならばひとつ聞いてもらいたいことがある」


 姿勢を正して言うには、


「渾沌とした草原(ミノウル)の情勢に(かんが)みれば、マシゲルの進む(モル)はひとつしかない。すなわち義君ジョルチン・ハーンと結ぶべきだ。ともに奸賊を討ち滅ぼし、天下に平和(ヘンケ)をもたらそうではないか。それが私の望むものだ」


 ギィはここでそう来たかといった表情。ちらりとゴロを見遣(みや)れば、小さく首を振ってこれを戒める。目で応えると険しい顔つきで、


「ジョルチン・ハーンはたしかに英主だ。私とてこれと結ぶことに不満があるわけではない。しかし……」


 一旦言葉を切って杯を干すと、


「我々は義君とともにヤクマン部と戦うほど余裕があるわけではない。部族(ヤスタン)は復興の途上にある。よって同盟のことは即答しかねる。いずれときが来れば考慮せぬでもない」


 チルゲイは再び(アマン)を開きかけたが、傍ら(デルゲ)からナユテがそっと(カンチュ)を引く。はっとして莞爾と笑うと、


「ならば()いては言うまい。時勢の変化を待つとしよう」


 以後はいつもの宴会に戻ったが、くどくどしい話は抜きにする。

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