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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
403/783

第一〇一回 ③

チルゲイ一たび聖医に託して病理を解明し

バラウン再び妙策に(かか)りて絶澗(ぜっかん)に動揺す

「では、私はオルドへ戻る。あとは(たの)んだぞ」


承知(ヂェー)


 ナユテが答える。ギィは頷くと、黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)に質問の暇も与えず駆け去る。困ったのは黒鉄牛。不安な面持ちでチルゲイらを顧みる。


「バラウン様、案ずるには及びませぬ」


「そう言われても……。だいたい俺は、自分がバラウンという男であるかどうかも判らんのです」


「判らなくてもよいのです。便宜上、将軍は『バラウン様』と呼ばれるということです」


「ああ、そう言えば貴殿らの名を聞いていませんでした」


 その問いを待ってましたとばかりににやりと笑うと、チルゲイは決然と(チェエヂ)を反らして言い放つ。何と言ったかと云えば、


「チルチルです! 遠くギィ様の名を慕って参りました。以後お見知りおきを」


 ナユテもまた笑いながら進み出て、


「同じくナユナユでございます」


 ミヤーンを手招いて(うなが)せば、溜息を吐いて、


「……ミヤミヤです」


 ともかく彼らは指示どおりその場に営することにした。黒鉄牛は初めは困惑していた。しかし毎日チルゲイらがこれを丁重に扱ったので、いつしかその気になって自然と主のごとくふるまうようになった。


 さてそれから毎日のように、十騎(アルバン)二十騎(ホリン)とやってきては帰属を請う。その中には赫彗星ソラや、双角鼠(エベルトゥ・クルガナ)ベルグタイの(ヌル)もあった。


 チルゲイはこれを巧みに管理して、黒鉄牛をおおいに感心させた。兵はいつの間にか二千騎を数えるまでになった。


 ある(ウドゥル)、ナユテが密かに言うには、


(チャク)は近いぞ。三日後、かの(ガヂャル)濃霧(ブダン)が発生するだろう」


「おお、いよいよだな。飛生鼠を走らせてギィたちに伝えよう」


 ジュゾウを去らせたあと、チルゲイとナユテは神妙な顔を作って黒鉄牛のもとを訪れた。


「おお、チルチル。どうかしたのか?」


「一大事でございます。ヤクマン部のムジカが、ギィ様に宣戦したとのこと。我らも直ちに呼応して軍を興さなければなりません」


 黒鉄牛はおおいに動揺する。(ソオル)といえば盤天竜ハレルヤのあとについて見物していたに過ぎない。ナユテがなだめて言うには、


「心配は要りません。すでに準備は整い、諸々の合図も定まっています。バラウン様は堂々となさっていればよろしいのです」


「そ、そうか。それで……」


「決戦の地は東方のバウルン平原です。四日後の朝、約会(ボルヂャル)することになっております」


 黒鉄牛は眉間に皺を寄せて呟く。


「バウルン平原? 聞いたことがあるような……」


 チルゲイは内心ほくそ笑みつつ、


「私に一計がございます。この策が成れば必ずやギィ様のお褒めに(あずか)ろうかと存じます」


「策があるのか。それは……」


「ヤクマン軍はおそらく夜半に移動して、途中カラバルを通ります。そこで我らは先んじてそこに兵を伏せておくのです。(ブルガ)もよもや決戦の前に襲われるとは夢にも思いますまい」


 黒鉄牛はやはり瞠目して、


「そ、それは卑劣なのではないか」


 問えば答えて、


「用兵に卑劣も邪道もありません。『用兵はもとより道にあらず』とは古人も謂うところ。我が人衆(ウルス)命運(ヂヤー)は、バラウン様次第ですぞ」


「そ、そうか? ではチルチルの策を採ろう」


 にやりと笑うと、


「名将の決断です! さあさあ、カラバルへ向かいましょう」


 かくしてソラを先頭に兵を進めて、予定に(たが)わず到着した。が、実はそこはカラバルではなく例のケルテゲイ・ハルハであった。カラバルと同様に伏兵には絶好の地勢。


 神道子の予告(ヂョン)どおり、辺りには霧が漂いはじめている。兵を伏せ終わるころには視界はすっかり閉ざされた。すでに(ナラン)は地平の彼方に没している。黒鉄牛は俄かに不安になって尋ねた。


「霧が濃いようだが……」


「何をおっしゃいます。これぞ天佑、勝利は疑う余地もありません」


 ナユテが言った。


「合図を確認してきます。『()()()()()()()()()()()()()()』と申します。よく覚えておいてください」


 何となく黒鉄牛は(セトゲル)がざわめいて、


「夜襲に友軍相討てば、必ず敗れる……」


 首を(かし)げて繰り返す。チルゲイとナユテは互いに目配せして笑い合う。あとはことが起こるのを待つばかり。


 次第に辺りは闇に沈み、目を凝らさねば己の(ガル)の先も見えぬほど。味方(イル)の所在も怪しく思えてくる。あまりにも静か(ヌタ)で、まことに兵衆がいるとは思えない。

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