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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
402/783

第一〇一回 ②

チルゲイ一たび聖医に託して病理を解明し

バラウン再び妙策に(かか)りて絶澗(ぜっかん)に動揺す

 夜営しながらマシゲルを目指して南下する。道中格別のこともなくアイルに辿り着けば、赫彗星ソラがこれを迎える。


 互いに礼を交わすと、紅袍軍(フラアン・デゲレン)は設営を始める。好漢(エレ)たちはオルドへ招き入れられる。


 瓊朱雀(けいしゅじゃく)アンチャイ・ハトン、迅矢鏃(じんしぞく)コルブ、賢夫人(ボクダ・ウヂン)ウチン、赫大虫ハリン、そしてつい先日加わった双角鼠(エベルトゥ・クルガナ)ベルグタイが、揃ってハーンの帰還を喜ぶ。


 あとは主客分かれて盛大な宴となる。チルゲイとナユテにとってはほとんどなじみのあるものばかり、嬉々として杯を干す。ジュゾウは久々に瓊朱雀の美貌(オンゲ)に接して大喜び、如才なく場を盛り上げる。宴が終わってからチルゲイに言うには、


「かつて胆斗公(スルステイ)にも言ったが、やっぱり(オキ)を貰うなら美人(ゴア)に限るね」


 さて席上では、やはりバラウンの話題が中心となる。カラバルの再現について語れば、アンチャイたちもおおいに興味を惹かれた様子。ナユテがその方法を説明する。ソラやベルグタイもこれを助けることになる。


「竜騎士に頼んで、ミヤーンにも来るよう言ってある。今ごろあわてて向かっているだろうよ」


 チルゲイが言えば、ギィらはその(ヌル)を懐かしく思い浮かべる。


「さあ、忙しくなるぞ。明日にはダルシェに向かおう」


「迅矢鏃たちはその間に準備を整えておいてくれ」


 それからチルゲイとナユテは楽しそうに細かい指示を伝えたが、くどくどしい話は抜きにする。




 ダルシェを訪ねたのはギィ、チルゲイ、ナユテの三人であった。果たしてハレルヤは以前と同じ(ガヂャル)に営していた。


「約定どおりバラウンを連れ戻しに参りました」


 ギィが言えば、ハレルヤは、


「ほう。何か記憶を復する方法が見つかったのか」


 そこでチルゲイの姿(カラア)に気づくと、莞爾と笑って、


「奇人ではないか。そうか、お前の入れ知恵か」


「ふふふ。ダナ・ガヂャルで別れて以来(注1)だな」


「相変わらずふらふらしているのか」


「ははは。そうでもないが、今回は獅子(アルスラン)殿に請われてやってきた。バラウンの記憶喪失については多少……、いや(ブルウ)、かなり責任があるからな」


 (いぶか)るハレルヤに事情を説く。併せてナユテを紹介する。ひととおり聞き終えると呵々大笑して、


「奇人のやりそうなことだ。黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)のような奴は易々と欺かれよう」


 そう言って早速黒鉄牛を召し出そうとしたが、チルゲイが制して言うには、


「待て、待て。その前に我々の計画を聴いてもらおう」


 カラバル再現の計を語ると、


「そういうわけでバラウンをしばらく預かるぞ。記憶が戻らねばそのときはダルシェにお返しする」


「よかろう。俺もどうなるか興味がある」


 やっと黒鉄牛が呼び入れられる。やはりおどおどした様子で、ギィらを見てあわてて拱手の礼をする。席に着かせるとギィが言うには、


「お前は私とともにマシゲルへ来てもらう。すでに盤天竜殿の了承は得てある」


 黒鉄牛は(すが)るような(ニドゥ)でハレルヤを見たが、


「ははは、行ってこい。己の過去(エルテ・ウドゥル)にも興味があるだろう」


「はあ。でも少しばかり恐ろしくもあります」


「何が恐ろしいものか。お前自身のことだぞ」


 そう言われても首を(かし)げるばかり。ただ主君(エヂェン)と仰ぐハレルヤの(カラ)には逆らえない。明けて翌日、ギィは挨拶して、


「ではまたお会いしましょう」


「そろそろ我々は移動(ヌーフ)する。成否は冬営(オブルヂャー)に報せてくれ」


 傍ら(デルゲ)からチルゲイが、


「ダナ・ガヂャルか?」


 ハレルヤは無言で頷く。


 一行は帰途に就き、道中は格別のこともなく進む。カンダル氏のアイルまで二十里というところでセイネン、ジュゾウ以下紅袍軍に出迎えられる。ところが紅袍軍はその名のとおりの紅い鎧ではなく雑多な軍装をしている。


 軍中にミヤーンの顔を見つけて、チルゲイは内心ほくそ笑む。ミヤーンは(フムスグ)(ひそ)めて何か言いたげな表情。多忙(ザウグイ)を極める中、呼び出されたことに不満があるのだろうが、チルゲイはつと目を逸らす。


 呆然としている黒鉄牛にギィが言うには、


「よいか。このものたちは今からお前が率いよ。この辺り一帯を押さえた上で、次の指示を待て」


 あわてふためいて、


「自分がですか!? いえ(ブルウ)、お待ちください。自分はまだ己が何ものかも判らぬ有様、とても人衆(ウルス)を預かるなど……」


「かまわぬ。彼らを副将として残す。万事、このものたちに(はか)れ」


 そう言ってチルゲイたちを指し示せば、一同揖拝(ゆうはい)する。黒鉄牛は、ますますわけがわからなくなった様子。

(注1)【ダナ・ガヂャルで別れて以来】チルゲイは、ダルシェの冬営(オブルヂャー)に迫ったムジカ軍を退かせた上でこれに同行して当地を去った。八年前のことである。第二 二回④参照。

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