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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
401/783

第一〇一回 ①

チルゲイ一たび聖医に託して病理を解明し

バラウン再び妙策に(かか)りて絶澗(ぜっかん)に動揺す

 ジョルチとウリャンハタの軍議は(とどこお)りなく終了した。そこでチルゲイとナユテは、マシゲルの獅子(アルスラン)ギィの相談に応えるべくこれを訪ねた。すなわち記憶を失ったバラウンの件である。チルゲイが言うには、


「案ずるな、案ずるな。さすがは聖医(ボグド・エムチ)だ。良策を教わってきたぞ」


「おう、そうか!」


 ギィは愁眉を開く。しかし制して言うには、


「喜ぶにはまだ早い。記憶が戻るとは限らぬ。ただやってみる価値はある」


 ゴロが()れて、


「前置きはいい。その策とはいったい……」


「あわてるな、あわてるな。アサンによれば、記憶を失ったのは何かとてつもない衝撃から己を守るためだろう、とこう言うわけだ」


(ゴド)から転落したことか?」


 ギィが尋ねれば、首を振って、


「それもあるだろうが、むしろそれは契機に過ぎぬ。それよりもその前に原因がある。(セトゲル)に大きな衝撃を受けて、その負荷から(まぬが)れるために記憶を心奥に押し込めたのだ」


「それはもしかして……」


 頷いて、


そう(ヂェー)、カラバルの失態(アルヂアス)だろう。己が謀略に()まったために有利に運んでいた(ソオル)が一転、大敗に繋がったのだ。おそらく離脱(アンギダ)して逃走(オロア)する間、そのことで己を責め続けたに違いない。その呵責(かしゃく)に堪えきれず、崖から転落したときに過去(エルテ・ウドゥル)を封印したのだ」


「おお、何という……」


 ギィは言葉(ウゲ)を失う。ゴロが身を乗り出して、


経緯(ヨス)はわかった。それで君はどうしようというのだ」


 傍らからナユテが話を引き取って言うには、


「カラバルを、()()(注1)する」


 これには二人ともおおいに驚く。一方、チルゲイとナユテは(ニドゥ)を輝かせて笑う。


「……しかし、どうやって?」


 ギィの問いに答えて、チルゲイが言った。


「もちろん完全(ブドゥン)に再現する必要はない。それに近い状況を作る。バラウンの記憶はなくなったわけではない。封印されているだけだ。だからもっとも衝撃を受けた瞬間を演じてみせることで、すべてを憶い出すかもしれぬ」


「……とアサンが教えてくれたわけだ」


 そうナユテがあとを続ける。ギィらは感心して、


「具体的にはどうすればよいだろう」


「すでに考えてある。これには私と神道子も行かねばならぬ。大カンの許可は得てある。明日にもここを発とうと思うが、かまわないか?」


「もとより私が(たの)んだことだ。君たちこそこんなことでアイルを離れてもよいのか?」


 するとチルゲイは呵々大笑して、


「私はいつも飛び出しては好きなことをしているからな。大カンも慣れたものだ」


 ナユテも莞爾と笑って、


「私は一介の卜人(トルゲチ)、公務に就いているわけではない」


「だが神道子よ。君のあの気丈な夫人(ウヂン)は承知したのか?」


 揶揄(からか)えば、満座は笑いに包まれる。翌日、四人はうち揃って義君インジャに挨拶に赴く。インジャは話を聞くと、


「バラウン殿の記憶が戻ることを祈っています」


 そう言って彼らを引き止め、送別の宴を張った。数多の好漢(エレ)がやってきて、別れを惜しんだ。席上、飛生鼠ジュゾウが言った。


「俺もまた南原へ行かねばならぬ。途中まで同行してよいか」


 もちろん快諾される。チルゲイが言うには、


「それならば君にも助力(トゥサ)してもらいたいが、どうだろう」


 インジャが鷹揚に頷いて、


「獅子殿のお役に立つなら、気にせずに使えばいい」


 ジュゾウに異存はない。またセイネンに対しても、


「君にもひとつ(たの)みたいことがあるのだが」


「何だ?」


 またややこしいことを言いだすのではないかと身構えつつ尋ねると、


紅袍軍(フラアン・デゲレン)を借りられないか」


「何を言うか。ハーンの近衛軍(ケシクテン)だぞ。それは無理な話だ」


 するとインジャが、


「かまわぬ。連れていくがいい。ついでに参謀たる君の(ニドゥ)で南原を視察してきてもらいたい」


 結局、セイネンも加わって、一行は翌日出発した。ギィを先頭に、ゴロ、チルゲイ、ナユテ、セイネン、ジュゾウ、そして紅袍軍五百騎があとに続く。

(注1)【カラバルを、再現】第三 七回③、第三 八回③および第三 八回④を参照のこと。

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