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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
4/782

第 一 回 ④

草原乱れてジョルチ(とも)に争い(たお)

族長(しゅっ)してフドウ(たちま)(のが)れ走る

 さて、クル・ジョルチ部とはいかなるものかといえば、メンドゥ(ムレン)の西北方、ドゥシット(アウラ)の西麓を牧地(ヌントゥグ)とする部族(ヤスタン)。その名から察しが付くようにもともとはジョルチ部の係累であった。


 なぜ今のようにふたつに分かれているかというと、話は七十年ほど前に(さかのぼ)る。


 当時のジョルチ部のハーンは、ナヤアというなかなかの豪傑であった。その腹心にウラオスというものがあった。ある日(にわ)かにウラオスはハーンを僭称して叛旗を(ひるがえ)した。当然ながら(ソオル)となったが、あえなく敗れた。


 彼は敗残の兵を引き連れてメンドゥ(ムレン)を越えて逃れ、そこを版図(ネウリド)とした。それがクル・ジョルチ部((おお)いジョルチ部の意)の端である。その後、彼らは西方の漠土(エレド)草原(ミノウル)を結ぶ要路を押さえ、一大勢力を築くことに成功している。


 またタムヤとは、メンドゥ(ムレン)上流の東岸にある小さな(バリク)である。草原(ミノウル)にも大河(ムレン)の周辺には僅かながら(バリク)があり、漠土(エレド)を越えてやってくる異国の商人(サルタクチン)などが市を開いていた。タムヤもそんな(バリク)のひとつである。今はメンドゥ(ムレン)東岸を牧地とするタロト部の庇護下にあった。


 そして、ムウチが頼っていかんとするエジシとはいかなる人物であったか。


 彼はそもそもクル・ジョルチ部ブリカガク氏の族長(ノヤン)の家に生まれたが、長ずるに及んで交易と学問に惹かれ、ついに騎馬の民の暮らしを捨てて、タムヤに移ったという変わりもの。


 幾人かの師に付いて学問を修めたのち、南方のイシ、カムタイといった(バリク)を巡って見識を広めた。能く諸部族(ヤスタン)の言葉を解し、西域(ハラ・ガヂャル)中華(キタド)の言葉まで自在(ダルカラン)に操るまことに稀有な人物であったが、草原(ケエル)の民の間ではすこぶる評判が悪かった。


 一般に草原の民は、商業や学問を生業とするものを軽蔑する傾向がある。自ら草原を捨てて(バリク)定住(ソーダル)している彼が良く思われないのは当然といえば当然であった。


 ここでひとつの疑問が湧くであろう。なぜそんな人物とフドウ氏の族長(ノヤン)フウが懇意(カラウン)となったか。それを知るには三年前のことをお話ししなければならない。


 大ズイエ(ムレン)は、シェンガイ山嶺(ニルウン)より流れ出てオロンテンゲル(アウラ)(ヂェウン)に至ると、ズイエ(ムレン)とカオロン(ムレン)のふたつに分かれる。その二本の(ムレン)に挟まれたところに草原(ミノウル)最大の都市(ゴト)神都(カムトタオ)がある。


 エジシは三年前、神都(カムトタオ)へ行こうと思い立ち、折よくそこへ向かう隊商があったので通訳として加わった。道中は略奪を好む草原の民が跋扈(ばっこ)していたので、傭兵(ヂュイン)を雇い入れて厳重に警戒していたはずであった。


 ところが運悪く、草原(ミノウル)最強にしてもっとも兇悪と言われている放浪部族ダルシェに遭遇した。金品はすべて奪われ、商人も傭兵もことごとく殺されてしまった。


 エジシはまったく奇跡的にこの難を逃れた。しかし一身を護る刀剣はおろか、食糧(イヂェ)もないまま草原を彷徨(さまよ)い、いつか日は暮れて夜になってしまった。まさに「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」有様。


 と、前方に焚火をしている一団がある。藁にも(すが)る思いで近づけば、それこそまさにフウ率いるフドウ氏の一隊。経緯(ヨス)を話したところ、フウは快くこれを(ドゥグイー)に加えて、(ボロ・ダラスン)と食事を振る舞った。


 図らずも意気投合した二人は、盟友(アンダ)とは言わないまでも義兄弟の杯を酌み交わしておおいに話が(はず)んだ。翌日はフウ自らわざわざこれをタムヤまで送り、無事に帰り着くことができたという次第。エジシが涙を流さんばかりに感謝したのは言うまでもない。




 閑話休題。ハクヒら一行はその後、道中格別のこともなくタムヤに到着した。ムウチはもとより、ハクヒにとっても城壁(ヘレム)に囲まれた(バリク)を見るのは初めてである。


 (とが)められることもなかったので、恐る恐る門をくぐって中へと入ってはみたものの、さてどちらへ行けばいいものかさっぱり見当もつかない。


 行き交う人々はいずれも裾の長い衣服(デール)を着ており、(モリ)()るものはほとんどない。壁と屋根を持った家が建ち並び、大路(テルゲウル)沿いでは物売りやら乞食やらが何ごとか叫んでいる。よくよく見れば、青い眼、赤い髪の異国人(カリ)も混じっている。


 ただただ呆然としていると、


「おや、ハクヒ様じゃありませんか」


 (ダウン)をかけてくるものがあった。驚いて顧みれば、一人の壮士(エレ)が拱手して立っている。


 ハクヒがこの男に出会ったことから、英雄は好運にも世に出る機会(チャク)を失わず、窮余の民もあわや滅亡を(まぬが)れるということになるのだが、さてこの壮士はいったいいかなる人物であったか。それは次回で。

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― 新着の感想 ―
すごい熱量と愛に溢れてて、圧倒されっぱなしでした! 最初のページ開いた瞬間から「これはすごい」となり笑ってしまいました(不快に思われたらすみません)自分の知らない知識だらけで勉強になりますし、これだけ…
4話(第一回④)まで読ませていただきました。 あらすじ時点で、チンギス・ハーンが唯一名指しされてて笑いましたが、内容は打って変わって重みのあるもの。最初は正直、文章もルビも難しく読みにくかったですが、…
[良い点] 4部の時点で目の前に草原が広がりました。 モンゴル系の文化や価値観を想起させる描写、行動が細かく、特に羊を奪う、守ることに重きをおいている登場人物たちのリアリティが伝わってきます。 [一言…
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