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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
399/783

第一〇〇回 ③

獅子北に遊んでインジャと旧交を温め

義君西に幸してタムヤに軍事を議す

 ナユテが思いついて言った。


「記憶を失ったのは(ゴド)から落ちたときだろう。なばらそれと同じ(アディル)ほどの衝撃を与えれば戻るのではないか」


「おい、それではバラウンが死んでしまうかもしれぬ。もっと別の方策を考えろ」


「そう言う奇人には考えがあるのか?」


「ない」


 即答する。そして言うには、


「とりあえず違う話をしよう。何かの拍子に良策が浮かぶやもしれぬ」


 そこで彼らは草原(ミノウル)の情勢について語り合う。殊にヤクマンについては、近くにあるギィとゴロがもっとも詳しい。


 インジャらは熱心に(チフ)を傾ける。聞けば聞くほど四頭豹の凄さばかりが際立つ。さしものムジカやアステルノも為す術がないことがよくわかる。


「ぜひ赫彗星ソラと話をしたいものです」


 インジャが言えば、ギィは快く応じて、


「わかりました。戻ったらすぐにソラを送りましょう」


 とそのとき、チルゲイが突然奇声を挙げた。


「そうだ!! アサンは医者(エムチ)だった! アサンに訊いてみよう!」


「何の話だ?」


 ナユテが問えば、


「バラウンの話に決まっているではないか! こうしてはいられぬ、戻るぞ。獅子(アルスラン)殿、今日はこれにて失礼する。明日以降は軍議ゆえ暇がないが、終わるまでには考えておくぞ」


 みなが虚を衝かれているうちにナユテを()かして飛び出していく。呆然と見送ったインジャらは一瞬ののち笑い転げたが、この話もここまで。




 翌日、インジャは好漢(エレ)を従えて堂々入城する。大路(テルゲウル)には人衆(ウルス)が並んで、歓呼の(ダウン)を浴びせる。ゆっくりと応えながら宮城へと向かう。


 すでにウリャンハタの諸将は待っていた。挨拶が交わされてインジャらも着座する。一同揃ったところでマタージが軍議の開催を宣言する。


 まず東側(ヂェウン)からジュゾウが、西側(バラウン)からタケチャクが立って、南原の情勢について(しら)べたところを述べる。


 ヤクマンの政情、諸氏の分布、軍の編成、馬匹(アクタ)の数、主な将領などについてである。地形については草原(ミノウル)の地理に通暁せるタクカが補足する。


 現状を把握するべく四頭豹の丞相(チンサン)任官前と比べたところ、軍制においては今のほうが遥かに勝っていた。諸王がそれぞれ各方面の長として兵を率いていたのが、強力(クチュトゥ)八旗軍(ナェマン・トグ)中心(ヂュルケン)に精密に組織化されていた。


 八旗軍のうち、四頭豹率いる白軍(ツェゲン)、ダサンエンの緑軍(ノゴーン)、亜喪神の赤軍(フラアン)においては、百人長(ヂャウン)に至るまで四頭豹自身が任命、これを掌握しているのである。


 さらに財政も四頭豹が管掌することによって、軍民両政が有事の際には速やかに連携できるようになった。かの奸智は許容できぬが、その手腕(アルガ)は認めざるをえない。そこでチルゲイが発言する。


「ひとつ光明を見出だすとすれば、八旗のうち半ば(ヂアリム)は、本心(カダガトゥ)では四頭豹に反発しているということです」


 先にも述べたように超世傑ムカリ、神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノ、紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカ、碧水将軍(フフ・オス)オラルの四人は、四頭豹専制を(がえん)じないものである。


「四頭豹は彼らを常に牽制、警戒、懐柔しなければなりません。よってヤクマン軍十余万とて全軍揃って用いられることはないでしょう。我らが(クチ)を併せれば十分に対抗できるはずです」


 次いで、ジョルチ、ウリャンハタ双方の戦力が報告される。兵法に謂う「彼を知り、己を知らば百戦して(あや)うからず」とはまさにこのこと。この場合、もちろん遠征に供する兵力のことである。留守(アウルグ)に残す兵は数に入れない。


 ジョルチは過日ダルシェに襲われたばかりであるし、カオロン(ムレン)の東には神都(カムトタオ)がある。またウリャンハタは北方にクル・ジョルチ部という強敵を抱えている。全軍挙げて送り出すわけにはいかない。


 ジョルチ部はフドウ軍二千をはじめとして約一万五千騎。ウリャンハタ部はスンワ軍五千を筆頭に約二万騎である。そしてタロト部は三千騎。


 すなわち三部族(ゴルバン・ヤスタン)を併せても四万騎に満たない。無理を押して動員したとしても、五万騎には遠く及ばないだろう。




 さてここで不思議に思われる方もあるかもしれない。タロトの兵力があまりに(すくな)いことについてである。


 かつて山塞戦(注1)を戦ったころには、喪神鬼に敗れてなお一万数千騎を擁していた。それから大きな敗戦は経験していないにもかかわらず、その兵力が五分の一となったのはなぜか。


 メンドゥの妖人と称された前代ジェチェン・ハーンが現れる以前、タロト部は草原(ミノウル)の片隅にある弱小部族(ヤスタン)のひとつに過ぎなかった。それが急速に勢力を伸長し、中原の一方の雄となった。


 が、その軍はタムヤ入城後、サノウによって解体されたのである。これがなぜさしたる抵抗もなく受け容れられたかというと、もともと大軍を有する部族(ヤスタン)ではなかったからである。


 実はタロト部は特異な集団である。それは他の部族(ヤスタン)に見られる「氏族(オノル)」を持たないことからも明らかである。


 草原(ミノウル)の大族のうち氏族(オノル)がないのは、ほかにジュレン部、すなわち神都(カムトタオ)しかない。ジュレン部については、彼らが長年城内で暮らしていたことで説明できる。

(注1)【山塞戦】ミクケル、神都(カムトタオ)の連合軍と、オロンテンゲルの山塞に籠もって戦ったこと。第二 八回③以降参照。

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