第一〇〇回 ①
獅子北に遊んでインジャと旧交を温め
義君西に幸してタムヤに軍事を議す
さて獅子ギィは、記憶を失った黒鉄牛バラウンの件を神道子ナユテに諮るために、蓋天才ゴロとともにジョルチ部を訪ねた。マシゲル部には、ナユテが花貌豹サチと結婚して西原へ移ったことは伝わっていなかったからである。
ナオル、マルケに先導されて二人はオルドの戸張をくぐった。
「おお、ギィ殿! お久しぶりです」
インジャが嬉々としてこれを迎える。傍らにはもちろん鉄鞭アネク・ハトン。やはり笑顔で客人を歓迎する。
「突然お騒がせして申し訳ありません」
拱手して挨拶すれば、早速席を勧められる。主客分かれて相対すると、侍女が酒を注いで回る。居並ぶ好漢はほかに十二人。
すなわち胆斗公ナオル、獬豸軍師サノウ、百策花セイネン、百万元帥トオリル、美髯公ハツチ、長韁縄サイドゥ、飛生鼠ジュゾウ、鑑子女テヨナ、白面鼠マルケ、小白圭シズハン、飛天熊ノイエン、長旛竿タンヤンの面々。
獅子を知るものは懐かしく、知らぬものは興味津々で、天下に名高い英傑を観察する。ひととおり乾杯がすむとインジャが言った。
「いったいどうしたのですか。事前に知らせてくれれば、諸将を集めて盛大にお迎えできましたものを」
「いえ、急に思い立って来たものですから」
アネクが嫣然と微笑んで、
「アンチャイは息災ですか?」
「はい、変わりありません。アネク殿も相変わらずお美しい」
莞爾として答えれば、頬を染めて、
「獅子殿は口がお上手になりましたね」
これには一同大笑い。ゴロはハツチに目を留めると、
「おお、お前は変わらず立派な髭だな。だいぶ貫禄がついてきたではないか」
ジュゾウが揶揄って、
「ハツチは子どものころから顔だけは貫禄十分だったからな」
「喧しい!」
また座は笑いに包まれる。ギィはふと顔つきを改めて、きょろきょろと左右を窺うと、
「実は神道子に用があったのですが、姿が見えませんな」
インジャが応じて、
「もう神道子はここにはおりません」
驚いて目を見開くと、
「えっ、どちらへ?」
「ご存知ありませんでしたか。昨年、ウリャンハタの娘と結婚して西原へ移ったのです」
「ウリャンハタへ?」
ギィとゴロはおおいに意表を衝かれる。そこで例の花貌豹との一件を詳しく述べれば、おおいに感心して、
「世間にはアネク殿のような女性がたくさんあるものですね」
「それはどういう意味ですか?」
アネクがきっと睨めば、ギィは、
「ほら、そういう意味です」
すまして答える。インジャは苦笑して、
「あまりハトンを怒らさぬよう、お願いします」
「ははは、天下の英雄ジョルチン・ハーンも、ハトンには頭が上がりませんか」
そこでナオルが話を戻して言うには、
「神道子にはいかなる用があったのですか? よろしければ教えてください」
ギィはゴロと顔を見合わせたが、やがてバラウンについて語りはじめる。聞き終わった好漢たちは等しくううむと唸る。
「といった次第で神道子の智恵を拝借しようと思ったわけです」
サノウが言うには、
「わざわざマシゲルのハーンともあろう方が足を運ばずとも、使いを遣ってくだされば神道子を差し向けたのですが」
「いや、こちらが忙しいところをお願いするのですから。それにハーンといっても私が統べる人衆は僅かです」
ゴロが眉を顰めて、
「しかしこちらにいないとなるとどうします? 西原まで参りますか」
「無論」
間髪入れず即答する。