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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
395/783

第九 九回 ③ <ベルグタイ登場>

ギィ盤天竜を介して黒鉄牛と語り

ソラ双角鼠を知りて赤流星と()

 あっと悲鳴を挙げて盗人(クラガイ)()()った。どうと落馬する。瞬時(トゥルバス)に辺りに殺気が満ちる。


「うぬ、抵抗するか!」


 ソラは笑みすら浮かべて彗孛(すいはい)に跳び乗ると、


「ふん、お前らごとき。やれるものならやってみやがれ!」


 ギィは小さく舌打ちすると、やはり得物を掲げて馬上の人となる。


「相手はたったの二人だ、かかれ!」


 その(ダウン)を機に、一斉に襲いかかる。ギィは(ウルドゥ)を縦横に振るって、たちどころに数騎を斬り伏せる。ソラも近づく敵に片端から(つぶて)をぶつける。


「こいつら、できるぞ!」


赤馬(ヂェールデ)の男は妙な(エルベス)を使うぞ、気をつけろ!」


 野盗(ヂェテ)は瞬く間にその数を減じる。そもそも二人は草原(ミノウル)にその名の轟く英傑(クルゥド)(たば)になってもかなうはずもない。四半刻もせぬうちにほうほうの(てい)(ノロウ)を向ける。


「待て、待て!」


 追おうとするソラを呼び止めて言うには、


「やめておけ。いたずらに(ツォサン)を流させることもあるまい」


「ハーンがそうおっしゃるなら見逃してやりますよ」


「やれやれ、しかたがない奴だ」


 二人は野盗どもが仲間(イル)を連れて報復に来るのを懸念して、即座に発つことにした。準備を整えていると、彼方から呼びかける声がする。


「お待ちください!」


 (いぶか)しく思っていると、一騎駆けてくるものがある。ソラはギィを(かば)うように進み出ると誰何(すいか)して言った。


「何ものだ!」


 すると男は(アクタ)を降りて彼らの前に(ひざまず)いた。その人となりはといえば、


 身の丈は八尺には僅かに足らず、(マグナイ)(ひろ)く、(ニドゥ)は離れ、(ハマル)は低く、(アマン)は小さい貧相な面貌(ガタル)。見るべきは額の左右に(エベルトゥ)のごとく突き出たふたつの(こぶ)剛力(クチュトゥ)にして小心、魁偉にして忠直なる豪傑。


 二人が面喰らっていると言うには、


「私の配下のものが、英傑様とは知らずに失礼をいたしました」


 ギィとソラは(ヌル)を見合わせる。男はなおも言う。


「私はこの先の(ドブン)に小さな塞を持つ、ベルグタイと云うつまらぬ野盗でございます。近隣(サーハルト)のものからは『双角鼠(エベルトゥ・クルガナ)』という渾名(あだな)を頂戴しております。図らずも英傑様の(ガル)(わずら)わせたお詫びをさせてください。ぜひ我が小塞にお越しください」


 そう言って額を地面(コセル)に擦りつける。


「どう思われますか?」


おもしろい(ソニルホルトイ)ではないか。招待を受けよう」


 ギィはもとより冒険心に富む男、ソラの危惧をよそに快諾する。二人はベルグタイのあとについて丘の裏に回れば、小さな集落があった。


「こちらでございます」


 あくまでベルグタイは丁重な様子で先導する。篝火(かがりび)が焚かれていて、中央(オルゴル)(シレエ)には酒食が並んでいる。主客分かれて着座すると、


「改めまして、双角鼠ベルグタイと申します。英傑様はいったいどういう方々で」


 応じてそれぞれ名乗れば、ひゃあっと声を挙げるや、席を滑り降りて平伏する。


「ま、ま、まったくうちの阿呆(アルビン)どもが、真の英傑とそうでないものの見分けもつかず……」


「ははは、もうよい。座れ」


 ギィは屈託なく笑ってこれを許すと、早速饗応を受ける。いろいろ話しているうちに、ベルグタイが愚かで取るに足らぬものではあるが、その心性(チナル)正直(ツェゲン・セトゲル)であることがわかった。


 ついにベルグタイが言うには、


「私らは乱世に容れられず野盗に身を(やつ)しておりますが、もともとは良民だったのです。願わくば私らもハーンの高徳の恩恵に浴させてはもらえませんでしょうか」


 いまだ警戒心の解けぬソラは、


「厚かましい奴だ」


 吐き捨てたが、ギィは呵々大笑して、


「二度と人のものを奪わぬと誓うなら、マシゲルの人衆(ウルス)にしてやろう」


 ベルグタイは大喜びで再び地に伏して謝意を述べる。幾度も額を打つものだから、助け起こしてみればふたつの(こぶ)がすっかり赤くなっている。それを見て、ソラも初めて大笑い。


 と、(にわ)かに十数人のものが進み出てきて、彼らの前に平伏した。ベルグタイはおおいに怒って、


客人(ヂョチ)がいるのだぞ、何ごとだ!」


 叱責すれば、一人が顔を上げて言った。


「ソラ様! 我々はジョシ氏のものです。四頭豹の手を逃れて、ここまで流れてきたのです。このような辺境の地で、図らずもお姿を拝見できるとは……」


 あとは言葉(ウゲ)にならず感涙に(むせ)ぶ。驚いてよくよく見れば、たしかにかつて見知った顔。あっとひと声叫ぶと席を降りて、


「おお、間違いない。よく無事であった……」


 その目にもみるみる涙が満ちる。


「野盗にまで落ちてしまい、本来は合わせる顔もないのですが……」


「何を言う。俺の不明のために苦労をかけた」


 主従は互いに抱き合って(ヂャカ)を濡らす。


「ああ、俺はこういう話に弱いのだ」


 ギィが呟く。見ればその(ハツァル)にも(しずく)が光る。その後、彼らにも杯が与えられてともに喜び合ったが、くどくどしい話は抜きにする。

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