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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
393/783

第九 九回 ①

ギィ盤天竜を介して黒鉄牛と語り

ソラ双角鼠を知りて赤流星と()

 さて、突如()()ダルシェにクルベイ氏のアイルを襲われたマシゲル部ハーン、獅子(アルスラン)マルナテク・ギィは、敵軍(ブルガ)の中にかつての宿将バラウンの姿(カラア)を見たという証言を得た。


 そもそもバラウンは、六年前にヤクマン部と戦った際、当時ムジカの幕下にあったチルゲイらの謀計に()まったあげく逃走(オロア)していた。のちに神道子がその行方を占ったが、消息は(よう)として知れなかった。


 迅矢鏃(じんしぞく)コルブは、バラウンがすっかり叛したと思い込んで激怒(デクデグセン)した。ギィはそれを(なだ)めると、瓊朱雀(けいしゅじゃく)アンチャイ・ハトンに(はか)ってある決意をした。諸将を集めて自らダルシェに乗り込むことを告げる。


 周囲の反対を押し切ったギィは、ひと月の刻限を定めて、赫彗星ソラとともに魔軍を(もと)める旅に出たのである。


 十日ほど過ぎたころ、ついにダルシェの哨戒兵(カラウルスン)に出合った。アルスランの名を聞いた盤天竜ハレルヤは首を(かし)げて、


「ふうむ、まさかとは思うが……。よし、ここへ通せ」


 そう言って客座を用意させる。ギィとソラは戸張(エウデン)をくぐって、ついにハレルヤと対面する。巨躯の好漢(エレ)は一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに満面の笑みとなる。席を勧めると言うには、


「よくぞここを探しあてられた。高名(ネルテイ)なマシゲルの獅子が、護衛も附けずにいかなる用で参られたのかな」


 それを聞いて周囲に侍した衛兵(ケプテウル)(エレグ)を潰す。ハレルヤは呵々大笑して言った。


礫公(れきこう)も一緒か。これはおもしろい(ソニルホルトイ)


 ソラはぐっと(オロウル)を噛んだが、(こら)えて(ニドゥ)を伏せる。ギィは臆する様子もなく拱手して言うには、


「マルナテク・ギィです。武名轟く盤天竜殿に(まみ)えて、これに勝る喜び(ヂルガラン)はありません。今日はひとつ確かめたいことがあってお騒がせいたしました」


 ほう、と感嘆の息を漏らすと、


「まあ、(ボロ・ダラスン)でも飲みながらお聞きしよう」


 応じて側使い(エムチュ)が酒食を運んでくる。卓上(シレエ)が賑やかになったところで、互いに杯を満たして乾杯する。


「さて、用件を聞こう。最初に言っておくが、先日奪った家畜(アドオスン)については、お返しすることはできぬ」


ええ(ヂェー)、そのような些細なことで伺ったわけではありません」


 ハレルヤは黙って杯を干す。ギィは莞爾と笑って、


「こちらにバラウンジャルガルなる男がいるかと思うのですが」


「バラウンジャルガル?」


そうです(ヂェー)。かのものはマシゲルの上将でしたが、(ソオル)失策(アルヂアス)を犯して遁走しました。私は人を惜しみこそすれ、一度の過ちでこれを罰しようとは思いません。そこでバラウンと話し合おうとて参ったのです」


 ハレルヤはそれを制すると、首を(かし)げて言った。


「用件はよくわかったが、獅子殿、バラウンという男はここにはいない。何か思い違いをしているのではないか」


 ギィは内心ひどく驚いたが、面には出さずに、


「そんなはずはありません。我が部族(ヤスタン)のものが、たしかに見たと言うのです」


「ふうむ。しかしいないものをいるとは言えぬ。決して隠しているわけではないのだが……。見間違いではないのか」


「バラウンをよく知るものが幾人も目撃しているのです」


 ハレルヤは腕を組んで考え込む。ギィは密かにそれを観察したが、挙措に偽りがあるようには見えない。再び(アマン)を開いて、


「バラウンとは名乗っていないかもしれません」


 そこでその人となりを詳しく述べて言うには、


「彼が出奔したのは六年前です。そのころこちらに投じた将領のうちに、該当するものはおりませんか?」


 すると、はたと膝を打って言うには、


「なるほど。一人心当たりがある」


 傍ら(デルゲ)の衛兵に告げて、


黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)を召せ」


承知(ヂェー)


 すぐに衛兵は飛び出していく。ギィらはそれを見送ると向き直って、


「黒鉄牛とはどういった人でしょう?」


 問えば、ハレルヤは彼との不思議な邂逅(注1)について語る。すなわち(ゴド)の上から落ちてきた男を救ったところ、記憶を失っていたため、これに「黒鉄牛」の名を与えたという話である。


「あれがたしか六年ほど前のことだったと思う」


 ギィはソラを顧みて、


「記憶を失っていたとは……。きっとバラウンに違いない」


 語り合ううちに黒鉄牛が何ごとかと駆けつけてくる。戸張をくぐって姿を現したのを見て、ギィはおうと歓喜(ヂルガラン)の叫びを挙げる。立ち上がって言うには、


「間違いない! この男がバラウンです!」

(注1)【不思議な邂逅】詳細については、第八 二回④参照。

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