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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
392/783

第九 八回 ④

インジャ四頭豹を(おそ)れて奇人に(はか)

ギィ盤天竜を迎えて故旧を(もと)

 ギィは、あとをゴロに託してゲルに戻った。アンチャイが迎えたが、その思いつめた表情にはっとすると、


「どうしました」


 (クチ)なく答えて言うには、


「神道子の占卜(注1)が的中(オノフ)したようだ。……バラウンはダルシェにある」


 アンチャイは大きな(ニドゥ)をさらに見開いて言葉(ウゲ)を失う。(ようや)(アミ)調(ととの)えると、


「まさか、バラウン殿が()()にクルベイを襲わせたのですか?」


「判らぬ。……ともかく確かめねばならん」


 そう呟くと、じっとアンチャイの宝珠(ダナ)のごとき瞳を見つめる。応じて莞爾と笑って言うには、


「ハーンのお考えになっていることは解りました。存分にされるとよいでしょう。私には止めることなどできません」


 ギィは愁眉を開く。


「ありがたい。俺は、バラウンが(そむ)くとはどうしても思えぬ」


 翌日、諸将を集めて言うには、


「ダルシェに、行こうと思う」


 コルブがおおいに驚いて、


「いまだ魔軍を攻める力はございません。ここは遺憾ながら……」


違う(ブルウ)。何か勘違いしているな。俺は『行く』と言ったのだ。『攻める』などとはひと言も言ってない」


 諸将はさらに愕然として、一斉にこれを諫める。


「静まれ!」


 一喝すれば、たちまち喧騒は収まる。ギィは告げて言った。


「蓋天才と迅矢鏃(じんしぞく)に留守は(まか)せる。赫彗星に同行してもらおう」


 するとコルブがまた反対して言うには、


「よもやたった二人で行くのですか? せめて侍衛軍(トゥルガグ)を五百騎ほど伴われては……」


 それを中途で遮って、


「俺は(ソオル)をしにいくわけではない。兵など連れていけば警戒されるだけだ」


 みなで代わる代わる諫めたが、ことごとく()ねつける。また傍ら(デルゲ)のアンチャイがひと言も発しなかったこともあり、(ようや)く諫言は止んだ。


「ひと月。……ひと月だけ俺にくれ。それで戻らなければ、人衆(ウルス)を挙げてジョルチン・ハーンに投じるがいい」


「ジョルチ部、ですか?」


 ウチンの問いに答えて、


そうだ(ヂェー)。ジョルチ部は義君インジャの治下にある。ハトンの実家(ナガチュ)(注2)でもある。快く受け容れられるであろう。我が盟友(アンダ)、ヒィ・チノのナルモント部は遠きに過ぎ、ムジカのヤクマン部は政情(あや)うい。だが案ずるな。ひと月以内に必ず戻る」


 二人の好漢(エレ)は早速旅装を整えて、翌日には出立した。ダルシェを(もと)めて広大(ハブタガイ)平原(タル・ノタグ)に繰り出す。ひとまず魔軍が去ったと見られる西南を指して駆ける。


 ギィは刻限をひと月としたが、どこにいるか判らぬダルシェを探すのは至難の業である。ときどき出合う牧民(ホニチド)に尋ねつつ、来る日も来る日も駆け続けた。


 途中、ソラはふと尋ねて、


「ハーンはなぜ宿将ではなく、俺を伴われたのですか」


 ふっと笑うと答えて、


「赫彗星はダルシェと縁がある。決して福ある(クトゥクタイ)縁ではなかったかもしれぬが、君と一緒ならダルシェに()える気がしたのだ。それに君を二度も赤子(ニルカ)のごとくあしらった盤天竜とかいう猛将(バアトル)にも興味がある」


 ソラは恥ずかしくなって面を伏せる。


「ははは、別に赫彗星を非難しているわけではない。さあ、すでに数日が過ぎた。ゆっくりはしてられぬ」


 からからと笑って(タショウル)を振るう。ソラはあわててあとを追う。


 そうしてさらに数日が経つ。野を越え、(ドブン)を越え、魔軍の(セウデル)を探し(もと)める。そしてついにある(ウドゥル)のこと。


「ハーン、あれを!」


 ソラが(ニドゥ)を見開いて彼方を指す。ギィはおもむろに(テリウ)(めぐ)らせると、


「ほう。ついに(とら)えたか」


 視界の果てに数十の騎兵が行くのが見える。その(トグ)(まぎ)れもなくダルシェのもの。おそらくは哨戒兵(カラウルスン)。これこそダルシェの勢力圏(ネウリド)に入った証左である。


「……行くぞ」


 ギィが言い、ソラはごくりと(シルスン)を呑み込む。先方も彼らに気づいたらしく、馬首を(めぐ)らして馳せ来たる。ギィらは(アクタ)を止め、拱手してこれを迎える。


「お前ら、どこから来た。答えよ!」


「怪しいものではございません。ダルシェのアイルを訪ねて参りました。盤天竜様にお取り次ぎください」


 温色を(たた)えて恭しく一礼する。


「我らを訪ねてきただと?」


 その(ヌル)には、驚きと疑いの色が一度に表れる。ギィは莞爾として答えて、


はい(ヂェー)。盤天竜様の旧知のものでございます。お取り次ぎくだされば異心(オエレ)なきことが判りましょう」


 哨戒兵たちは小声で話し合っていたが、やがて言った。


「よし、一応報せよう。名を名乗れ」


「アルスランと申します。きっと盤天竜様はご存知のはずです」


獅子(アルスラン)とはまた仰々しい名だな。まあよい、ついてこい」


 二人はあとについて駆ける。やがてアイルを望むところで留められると、一騎が列を離れてゲル群に駆け込む。


 報告を受けたハレルヤは、(いぶか)しく思ってしばし考え込む。


「獅子だと? ふうむ、まさかとは思うが……。よし、ここへ通せ。失礼のないようにな」


 さてこの両雄の邂逅から忘我の好漢は旧家に復し、俊傑の交歓は一朝に成るといった次第となるわけだが、まさしく真の英主は旧悪に(こだわ)らず、むしろ旧好を忘れぬもの。果たしてギィはバラウンに巡り会えるだろうか。それは次回で。

(注1)【神道子の占卜】ギィの依頼でバラウンの所在を占ったこと。第四 七回③参照。


(注2)【ハトンの実家】アンチャイは、ジョルチ部ベルダイ氏キハリ家の出自である。

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