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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
391/783

第九 八回 ③

インジャ四頭豹を(おそ)れて奇人に(はか)

ギィ盤天竜を迎えて故旧を(もと)

 (ブルガ)は恐るべき速さで迫る。その(トグ)(まぎ)れもなく()()のもの。兵力はおよそ二千ほどか。しかし牧民(ホニチド)が大軍と見誤ったのも無理はない。怒涛のごとく押し寄せる敵の圧力は二千騎のそれではない。手勢はまだ数百を数えるのみ。


 ソラはテンゲリを仰いで、


「俺はつくづくダルシェに祟られるらしい」


 何とか気を取り直すと指示をして、


「固まってときを稼げ! 少しでも人衆(ウルス)を逃がすのだ!」


 しかし兵は早くも敵の勢いに呑まれている様子。もとよりソラ自身も抵抗は徒労に終わることを自覚していた。脆弱ながら何とか陣形(バイダル)を整えると、敢然と突撃の(カラ)を下す。数百騎は半ば自暴自棄になって突進した。


 ダルシェ軍の先頭にあったのは、()しくも盤天竜ハレルヤ。にやりと笑いながら黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)を顧みて言うには、


「ほほう。突撃してきたぞ」


 すると黒鉄牛は何かに気づいて敵を指す。


「将軍! あれをご覧ください。先頭に見えるのは……」


 応じて(ニドゥ)を凝らす。そして歓声を挙げると、


「おお、あれはいつぞやの礫公(れきこう)ではないか。マシゲルにいたとは」


 ソラもまたハレルヤの姿(カラア)を認めていた。その巨躯は忘れたくとも忘れようがない。思わず(ダウン)を挙げて、


「盤天竜か! ますます絶望的だ」


 一方、ハレルヤは嬉しそうに笑うと呟いて、


「どれ、遊んでやるか」


 大刀を高々と(ホライタラ)掲げて、大音声に言うには、


「礫公! 久々だな。かかってこい!」


 ソラは激昂(デクデグセン)して挑みかかる。腰の(ふくろ)(ガル)を忍ばせると、やぁっと裂帛の気合いを込めて(ネグ)(つぶて)を飛ばす。


 しかしやはり、かんと虚しい音とともに(はじ)き飛ばされる。


「進歩のない奴だ。ほかの芸はないのか」


「ちぃっ!」


 躍起になって礫を投げたが、ひとつとして()たらない。


「がっかりしたぞ、礫公。図らずもお前に()えて喜んだのだがな」


 そう言いつつ一気に間合いを詰めて大刀を振り下ろす。ソラは小さく悲鳴を挙げると、やっとのことでその一撃を(かわ)す。


 と同時に両軍は激突した。と言っても実はクルベイ軍が呑み込まれ、蹴散らされただけである。瞬く間(トゥルバス)にクルベイの兵は数を減じ、半刻もせぬ間にほぼ全滅した。


 独り赫彗星が踏ん張っていたが、彼も盤天竜に(もてあそ)ばれるばかり。必死になればなるほど実力の差は歴然となる。


「お前はまだ俺には勝てん」


 ハレルヤがさっと大刀を(ひるがえ)す。


「あっ!」


 次の瞬間、ソラの手から得物が失われていた。


「もっと強くなってから来い」


 呵々大笑して(チェエヂ)を反らす。ソラは屈辱に震えつつ、為す術もなく馬首を転じる。ダルシェ軍は逃げる人衆を追って殺戮、略奪をほしいままにすると、大量の家畜(アドオスン)を奪って何処かへと去っていった。


 ソラは疲れた身体(ビイ)(アクタ)に預けて駆け続け、何とかオルドへ転がり込んだ。あわてて迎えたギィに平伏して謝罪する。ギィはこれを慰めて言った。


「敵は()()ではないか。やむをえん」


 ソラは言葉(ウゲ)もなく泣き崩れる。


 辛くも危地を脱してきた人衆が、次々と収容される。被害は甚大であり、多くのものが戻らなかった。ギィは諸将とともに沈痛な面持ちで彼らを見て回ったが、(にわ)かに一人の男が立ち上がって言うには、


「僭越ながらハーンに申し上げたきことがございます」


「何だ? 何でも言ってみよ」


 その男も負傷して(ムル)から(ツォサン)を流している。言うには、


「信じられぬことですが……。魔軍の中に、バラウン様をお見かけしました」


 ギィはおおいに驚く。


(ウネン)か!!」


はい(ヂェー)。敵の大将に随従していたのは、間違いなくバラウン様です」


 言い終わるとよろよろと座り込む。ギィはしばし黙考すると周囲を見わたして、


「ほかにもバラウンの姿を見たものはあるか!」


 問えば、恐る恐る数人が手を挙げる。傍ら(デルゲ)にいたコルブの顔色が変わる。


「あの阿呆(アルビン)め、かつて(ソオル)を誤った上に魔軍を導くとは……。どこまでハーンに(そむ)けば気がすむのだ!」


「待て。何かの間違いかもしれぬ」


「まだバラウンを信じるとおっしゃるのですか!」


 ギィは答えない。やむなくコルブも(アマン)(つぐ)む。

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